5日目昼 望む。

「もちろん、哲学的な意味でも、生きがいを知りたいわけでもないよ。ただ、単純に疑問に思ったんだよね」

「森に入って『殺されよう』としていたのに、僕が生きている理由。と、捉えても?」

「うん。そうだねー」

 そう言って、身体を軽く机に乗せ、前のめりの体勢になりながら、彼女は僕の言葉を逃さない態度を示した。

「ね、聞かせて?」

 言動自体は軽く、ふっ、と軽い気持ちで答えそうになる気分へと誘われるが、彼女の目は真剣そのもので、普段の視線からも逸脱している。

 もしかしたら、丁寧が言動をしていた、先程よりも真面目に聞いているのかもしれない……そんな直感が働いてくるほどだ。


 だから、僕は考えることにした。

「……」

 目をつむる僕を、彼女は恐らく見続けている。彼女の刺さる視線は、まぶたを突き破って届いてくるからだ。

 どうして、生きている。

 それは……

「お嬢様を好きになったからかもしれません」

 僕は、目をゆっくりと開け、彼女に曖昧な回答を手渡した。まるで子供向けの文学のような、幼稚な回答を。

 眼の前の魔女は笑った。

 平時にはっきりと開ける瞳を、半分だけ覗かせて。

「でも、それだけじゃないんでしょう?」

「勿論」

 僕は、できる限りの微笑みをぶつけてみることにした。


「だよね。だって……そんな生半可な答えならら、今すぐ死ねるもんね」

 彼女は、目を開き、普段の表情で、言葉を返した。

 身体全体を痺れさせるような衝撃が。足先から脳天へと一瞬で届くその眼光が。彼女の妖艶な魅力と恐怖感を彩らせる。

 この一瞬空気の変動に、僕は軽く興奮を覚えてしまうほど、予想通りの反応だった。

 なんだ、噂通りだったじゃないか。

「それで、本当はお姫様に何を感じたの?」

「……あなたの言葉で返すとするなら、『イラッとしちゃった』。ですね」

「へー……何に?」

「まるで、興味のない『人形』を、手の取れる所に投げ出されたような眼にですよ」

 僕は、対面に座る女性に回答を投げた。


 かたり。

 コーヒーカップの接着音が、図書館の中を駆け巡った後……僕が発した言葉の一言、一言を咀嚼するように味わい、彼女は、口を開いた。

「私はね、最初にキミを見た時、かわいそうだなぁ……って、思ったんだ。

「……」

「軽い気持ちで入って、浮ついて、踊らされて。いつもみたいに、『いなかったこと』になる。そんな子に見えてたんだよ?」

 でもね。と、言って彼女は、またコーヒーを一口飲んだ。

「ルッカに話を聞いてからは、キミは私の期待から大きく外れてた。頭が良くて、純粋で、優しい……『優しすぎる』子だった」

「……」

「キミはすごいね。『助けることができなかったから』死のうとしたのに、『お姫様』を見て……気が狂いそうなほどに苦しいのに、また、『同じ事』をしてるんだもん」

 言い終わると、彼女は慈母のような慈愛の瞳で僕を見つめた。膝枕をした時と同じように、僕に対し、精神の休養を与えるかのように、優しい目つきだった。

 不思議と苛立ちは覚えない。と言って喜びも感じない。


 だって。僕にとっては至極当たり前な、『いつも通り』の自分を僕に反芻させているだけなのだから。


 そんな感情も、感傷もない、僕の顔を見ながら、氷雨空は……

「はぁぁ……ほんっとうに……可愛いね、キミは」

 蕩けるような表情で、恍惚に浸るように、甘く、重い吐息を吐いていた。


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