5日目昼 「月は

 ──バキ


 どういうことですか?」

「どういう事……と言われても。私は、当事者じゃないんだよねー」

 また、『変わった』。

「あ、その反応をするってことは、ここで記憶が飛んじゃったんだね」

 図書館。コーヒーと本の苦みと甘さの混じった香り。二人分の菓子。ほのぼのと、のんびりとした口調。


「……そうですよね。氷雨さんに聞いても、分かるわけがないですよね」

「いや、自然に進めているけど、流石にバレるよ」

 帳尻合わせはしない方が良さそうだ。


 あはは、と笑いながらコーヒーを氷雨さんは嗜み、僕を観察していた。

「でも、ホントに状況判断早いね。びっくりだよー」

「今日は……」

「昼頃。ちゃんと同じ日だよ」

「……?どうしてそれを──」

「それは……ねー。キミもしっかり考えたら分かるよー」

 氷雨さんは指で机を軽く叩いた後、僕の方にどうぞとジェスチャーをした。

 考える時間を与えますよ、とでも言わんばかりだ。

 まぁ、考えなくても分かるが。


「妹のことが好きだからですよね」

「うーん。五十点」

 二秒で出した結論は早とちりだったようで、手で三角形のジェスチャーを示されてしまった。

「配点が高いですね、不足している語句は何だったんですか?」

「正解は、『妹の為に、君へのアドバイスを自分で実践した、でしたー』。模範的な語句で言うなら、『他人を頼った』っていう感じなのかなー。今度からは失敗しないよう、しっかりと見直しを行うことが重要だよ」

「なるほど、点を取るって大変ですね。それで、どんな方法を使ったんですか?」

 僕の質問に対し、彼女はただ黙って彼女自身を指差した。

 そういえば、氷雨さんは『独り言』は喋っていたが、『アドバイス』をすることは一回もなかったな。

「ふふー。まぁ、こう見えても、屋敷の最年長さんだからねー」

「いいから、早く教えてください」

「せっかちだなー。みんな」

 

 はぁ。と、面倒くさそうなため息をついたあと、氷雨は、ゆっくりと口を開いた。

「それでは、改めて説明させてもらいますね、『旅人さん』」

 その口調は、先程までのほほんとした雰囲気漂わせていた柔らかさとは無縁の、丁寧かつ耳に入り込むような声となっていた。

 その声で、自分の姿勢が乱れている事を今更ながら認識することが出来た。

 準備ができていなかったのは、むしろ僕の方だった。


「今、あなたが直面している症状は『記憶と現実時間の混濁』……要は実際に経過している時間と、記憶できる時間が無作為に変動している状態なの。」

 そう言うと、彼女はガラスのコップと三つの絵の具を……

「あれ?これは『昨日』見ましたよ」

「え?今日初めて……えっと、誰に教えてもらったの?」

「ルッカ様に」

 少し氷雨さんは動揺したが、深呼吸の後また真剣な表情へと戻した。

「あー……なるほど。じゃあこっちかな。この症状によって、『過去三日間の記憶を体験していないのに覚えている状態』に……」

「それも……教えてもらいました」

「誰に?」

「セッカさんに。『昨日の昼ごろ』です」

「……本当に面倒くさい症状だなー。あー疲れる」

「……すみません」

「あー。いーのいーの。気にしないでー。ここまで酷いのはめったにないけど、何回も経験してるし。で、どこまで話してるの?」

「多分手段以外全て聞いてます」

「……ここまでの話いらないじゃん」

「まぁ、面倒くささは伝わったので」

 氷雨さんはコーヒーを一気飲みして、へなへなとうつ伏せになった。


「そう……まぁ、さっきのを見ればわかると思うけど、私は、『すべての時間で同じ説明』をすることで、どの時間の記憶を覚えていても同じ情報が手に入る。ってアドバイスをしたんだよ」

「今日で何回目ですか?」

 声にもならない唸り声を上げながら、重そうに頭を上げて告げた。

「……三回目。しかも全く同じやつ」

「大変ですね」

「大変とかの次元じゃないよ。だって反応的には『納得してる』のに、『その記憶が正しくキミに届いているか』は運次第なうえ、『記憶してる時間』かどうかを瞬時に見極めないといけないんだもん……まぁ、急に『今まで言ってたことを忘れる』から認識自体は簡単だけど」

 更に大きなため息をついた。どうやら僕の為に、僕以上の苦労をしているようだ。

「ということは……えぇ……これ、自分も言わなきゃいけないんだぁ……」

 ただ、彼女は別の苦労を抱えているようだ。

「何か言うことがあるんですか?」

「数時間前……いや、キミ的には『さっき』か……その時ルッカが言っていた……『夢』の話だよ」


「あー……やっぱり無条件でこの顔になるんだね」

 恐らく、僕は真面目に話している彼女と同じ顔を今しているのだろう。

 頬杖をつきながら、彼女は待っていたと言わんばかりの表情でコーヒーを淹れ、一口飲んだ。

「それは……どういうことですか?」

「うん、さっきも言ってたね。そして、答えもさっき言ってるよー」

「……」

「そんな怖い顔しないで。せっかく顔可愛いんだからさ。まぁ、気持ちは分かるよ。自分が抱え込んでいた、一番嫌な思い出を『夢』なんて表現で見せられるなんてね」

「……まるで、自分が見せられたみたいな言い方ですね」

「……あはは。他人より自分の心配が先だよー?じゃあ、無駄話はこのくらいにして、ここでお姉さんが新しい質問をするねー」


 そう言うと、彼女はまるで、昼飯を聞くかのような口調で僕に聞いてきた。

「あなたはどうして今、『生きている』の?」

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