5日目朝? 幸福を」

『五日目』の目覚めは、ベッドの上だった。

 昨日の目覚めは図書館の中であったため、状況を把握する必要があると考えていたが、その心配は杞憂だったようだ。

 ……寝違えてしまったのだろうか。妙に右腕が痛い。

 脳が覚醒してくると僕は右腕を枕に、側臥そくがの体勢をしていることを認識し始めた。

 普段は仰向けにして眠っているのだが、昨日一日で、自分が認識する以上に自分の身体は疲れていたのだろう。

 とりあえず、時間を確認する必要がある。寝坊は習慣上しないものだと、自分を信じることが出来るが、状況が状況だ。しっかりと確認を……


 とん。

 ……?起き上がろうと背中を動かしたとき、何かに当たった。

 触れた時間は一瞬だが、布団のぬくもりとは違う、妙に温かみがある柔らかな感触……

 肉体同士の……接触?

「……おはよう」

「……っ!」

 聞きなじみのある穏やかな声が、眠気を殴り飛ばして来た。

 その衝撃は、思わず布団から飛び出してしまいそうになるほどだ。

 

「別に、気にしなくていいよ。背中、当たっただけだから」

 同衾……いや、同じ布団に入っているフィリア様は、落ち着いて言葉を返した。

「……そうでしたか」

 ひとまず落ち着こう。

 時系列の前後は分からないが、今まで冷静に行動(眠って)していた人間が突然動揺してがたがた動けば、明らかにおかしな行動をする人になってしまう。

 いや、背中が当たっただけで大慌てに反応する初心な少年扱い程度か?

 ……どっちにしても嫌だな。


「ごめん」

 ある程度の時間が経った後、フィリア様が僕の方へ話しかけた。

「……どうしましたか」

 ……しっかりと言葉を返せただろうか。

 同じ布団で、背中合わせに眠りにつく。

 物語でも数冊の本を介さなければ見ることのないような出来事で、僕の心拍はどうにかなってしまいそうなのだ。

 ただ、特異な状況と、落丁した本のような展開のおかげでなんとか平静を保てている程度だが……

「我儘に付きあわせたこと」

「……いいえ、お嬢様のためですから」

 どうやら、しっかりと伝えられたようだ。

 

 とく、とく、とく

 はぁ……今、僕の心臓は、思春期の妄想しがちな少女だ。

「ねぇ」

「はい」

「本当に……大丈夫?」

 身体が跳ねそうになるのを、抑えながら。彼女の不安に曇る声が、数センチ近づいた。

 ……フィリア様は、『どっち』の事言っているんだ?

「私のせいで、疲れているのかなって」

「どうして、そんなことを?」

「……なんでもない」

 後ろから、布の擦れる音が聞こえた。

 半径三センチ程のシーツの収縮。引っ張られる肌のその感覚は、彼女の心配による心の締め付けられた距離と同値であることはすぐに理解できた。

「お嬢様は……『いい子』、ですね」

「……分からない」

「『いい子』ですよ。会ってまだ、数日の人にここまで優しくできるんですから」

「……お互い様に」

「僕は、どちらかで言うなら『悪い子』ですから」

「……」

 一定の周期で、シーツがまた揺れた。

「やっぱり、『いい子』ですね」


「ねぇ……月詠夢」

「はい、お嬢様」

「これから言うことに、返答をしないで」

「……内容次第ですね」

「旅をして、自由に世界を見ている、あなたには理解ができないかもしれないけど……私は、『幸せ者』なんだと思う」

「……」

「こうやって、部屋から出る事は出来ないけれど……迷惑をいっぱいかけていても、みんな、私に優しくしてくれている。司書さんに、メイド長。それに、お姉様。もちろん、月詠夢も」

「……」

「でも……たまに思うの。この部屋から出て、みんなとお茶会を開きたいって。外の景色を見ながら、『今日はいい天気だね』って、空を見て言ってみたい」

「……」

「お姉様は、多分喜んで開くと思う。でも、それは出来ない。私は、お姉様が与える『幸せを受けきれない』から」

 ため息のように、息を少し吐いた後、彼女はひときわ大きな音を立てた後、壁越しに語り掛けるように、背中に手を添え、投げかけた。

「ねぇ……最初に逢った時。私は、どう見えた?」

「……」

 鎖に繋がれた、牢屋のお姫様。

「今は?」

「……」

 鍵も錠も無い部屋で、外された鎖に絡まれた……女の子。

「……改めて言うね」


「私は、我儘な、『悪い子』だよ」

「いえ……それは


 ──バキ

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