小噺 4

「あなたが、『カミサマ』?」

 視界が黒く染まる深い洞の中で、彼は質問を投げかけた。

 唯一の光は彼が持つ蠟燭ろうそくの光だけ。それを逆三角の『翡翠の瞳』が反射し、彼は、前にいる『何か』と対峙していた。

 その何かは、僕には見えない。

 ふかふかと柔らかい椅子に座りながら、僕は、夢を演劇のように見ていた。

 心の中では、すぐにでも出ていきたいほどの最悪の演劇だが、画面を見る僕は、くつろいで視線を外すことが出来ないあたりは本当に悪趣味だ。

 

 僕の知らない彼は、『何か』をしっかりと睨み、蠟燭ろうそくと反対の手で、剣を持っていた。

 この剣は。そうか、彼は、僕だ。

 姿はみえず、瞳の色も見えない。だが、重量を利用して叩き斬る両刃の剣が主流となっているこの世界で、薄く、細く、弧を描く片刃の剣を彼は、持っていた。

 僕の記憶の中で、『刀』を持つ者は、僕の師以外で一人しか知らない。


「『ともだち』だ!『ともだち』だ!あたらしい『ともだち』だ!」

『何か』は、光りだした。あか、あお、きいろ。様々、蛍のように。

「『ひさしぶり』!きょうはなにしてあそぼっか!」

 一年ぶりの『いけにえ』に、『こいつら』は大喜びなようで、汚い光をまき散らしながら、無垢で、純粋で、無邪気な甲高い声を、鼓膜を破らんばかりに浴びせている。

「はは、相変わらず変わってないなぁ」

「まえにもいたんだ!またきてくれてうれしいな!」

 こういうところが変わっていないな、と感じさせる。『こいつら』は、耳がいい癖に聞く耳を持っていない。

 ここまで乾いた笑顔で、呆れたような声色の彼を、笑顔で歓迎している。

 彼にとっては、好都合だ。

「今日は、おねがいがあってきたんだ」

 彼は、物心乏しい幼児に伝えるように話しかけた。

 自分のことながら、第三者の視点で聞くと、気持ち悪いものだ。

「なあに?」

「ここは、にんげんさんのあそびばだから、べつのばしょにいってほしいんだ」

 お人好しな旅人だ。こんな事をいったところで……

「なんで?なんでひどいこというの?」

「にんげんさんは、あそびにきてるよ?」

「いっぱい、いっぱい、あそんでくれるよ」

 小鳥のさえずりみたいに、様々喋るだけなのに。

「かえってこなくて、みんな、かなしんでいるんだ」

 ……噓を一つ、彼はついた。

 優しいね。

「うそだ」「うそだ」「うそだ」

「みんな、ひとりぼっちって」

「いけにえだったって」

「ここはしあわせって」


『みんな。みんな。いってた』

 これらに、言葉は届かない。

「……今すぐに出ていけ。『過去の風習』を乗っ取るな。蛆虫が」

 あぁ。言ってしまったか。

 だが、今の僕でも同じ事を言うだろう。彼を責めることはできない。

「『うじむし』ってなに?」

「むずかしいことばだ」

「でてけっていった。でてけっていった」

 声色は変わらない。

 ただ、光たちがぐるぐると、世界を回すように彼の周りをまわっていった。

 ここで、彼はようやく自分の危機を認識したようだが……

「どうしても出ていかないなら……」

 本当に……本当にお人好しな奴だ。

 早くその手に持った刀で、切り殺せばよかったのに。


「早く、俺の眼の前から──っ!」

 彼が脅しを行ったときには、既に凶刃は振り下ろされていた。

「ここはわたしがみつけたばしょ」

「せっかくみんなでとったのに」

「でてけって。でてけって。でてけって」

 声色を変えることなく、奴らは動きを止めて、僕を見下した。

 言い返そうと彼も何とか振り向いたが

「っ────!かっ……っふ! ……ヒュー!……ひゅ…」

 避けることが出来ず、喉笛を深く切られた口から空気を吐き出すことしかできなかった。

「こいつは『いいこ』じゃない」

「こいつは『いけにえ』じゃない」

「でてけって。でででてけって。dddddっでてけって」


「こいつは」

「『わるいこ』」

「わるいこ。わるいこ。わるいこ。わるいこ。わるいこ」

 痛みに悶える少年のまわりを、くるくると楽しそうに回っていた。

 こういう遊びがあった気がする。

 たしか……最後に止まって、後ろにいる人の名前を当てるんだっけ。

 唇の内側を軽く噛み、首筋を軽く抑えながら僕はそんなことを考えていた。


「うごかなくなったらどうしよう」

「くさるまえにたべちゃおう」

「わるいこ。わるいこ。わるいこ」


「でも」

「そのまえに」

「『にんぎょう』にして、あそんじゃおう」


 ……これが、夢でよかった。

 いや、『演劇のような』夢でよかった。

 吐き気でおかしくなりそうだが。

 盛大なネタバレを知った上で見ているのだから。

 もう、そろそろだ。

「……ひゅぅ…………」

「うごかなくなった!」「やった!」「静かになった!」

「……こふ……く、くく……っくくく……」

「わらってる」「かぷかぷわらってる」

「きもちわるいなぁ」

 ……はは。喋れないから、仕方ないか。

 の代わりに、僕が言ってあげよう。


「お前達が……『血も涙も無い』奴らで本当に良かった」

 ぱしゅ。

「あ」「ひゅ」「」

 ぱしゅん。

 三匹は、僕が流した血で作り出した槍に貫かれた後、そこから拡散した棘で、身体の動きを止めた。

「はぁ……やっと……静かになった……」

 まだ、傷が癒えきっていないのか、掠れた声で、彼は一言口にした。

 やはりどんでん返しというものは、いつ見ても飽きないものだ。

 こちらはただ見ているだけだが、胸の苦しみも、喉の締まりも一気に消えてしまった。


 汚れてしまった自分の服を、魔術で軽く洗った後、彼は真後ろを振り向き、沈黙する『何か』との顔を合わせた。

「……ぁ、ぅ……ぃぇ、お」

 ……本当に気持ち悪い。顎から目玉にかけて貫かれたというのに、まだ、状況を理解できていないのか、笑顔らしきものを貼り付けて、何かを喋っていた。

「……そうだね。確かに『悪い子』だよ、こんな手を使って黙らせるのは」

「……ぁ」

「……」

 彼は、深呼吸をした。

 地面に落ちた刀を構え……


「お前達は、存在してはならない生物だ」

 一息に、周りを薙いだ。

 ぼと、ごと、ごと。

 重い球が落ちる音だけが洞窟内に反響した後。

 軽い足取りで、足音が段々と消えていった。


 あぁ……本当に。

 どんでん返しは……面白いな。


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