『にんぎょうのはなし』


「……やっぱり、休んでもいいよ?」

 右耳から、フィリア様が囁いた。

 下を向いてみると、濡れた膝の代わりに、絵本が乗っていた。

 どうやら元の時間へと戻ったようだ。いや……元の時間という表現であっているのか?

 まぁ、いいか。

「お気持ちだけいただきます」

「……大丈夫そうだね」

 浅く息を吸い、明朗に僕は、タイトルを読み上げた


「『ようせいとにんぎょう』」

「『むかし、むかしのすこしあと。お花と木たちのすこしそと。ようせい一人があそんでた』」

「『いろはみずいろ。そのとなりには、にんぎょうさん。』」

「『──やっと……綺麗になりましたね。

  みずいろちゃんは、がんばった。ごしごし、ごしごしと、何日もかけて、どろおとし』」

「『そこにいたのは、にんぎょうさん。泥だらけだった、にんぎょうさん』」

「『──如何してでしょうか。

  みずいろちゃんはふしぎそう。あらっても、あらっても、みどりのめだまは光らない」


「……」

「僕の眼にゴミでも?」

「ううん。綺麗な翡翠の瞳だけ」

「……そこまで褒められた色じゃないですよ」


「『みずいろちゃんはかんがえる。

  ──この子が笑うには、何をすればいいのでしょうか』」

「『みずいろちゃんは思いつく。

  ──楽しい事を、沢山教えてあげますね。

  きれいなふくに、おいしいごはん。色んなことをしてあげよう』」


「……ねぇ」

「なんですか?」

「この子の時だけ、どうして色々変わるの?」

 フィリア様は、絵本に書かれた浅葱色の女性を指さしながら質問を投げかけた。

「こことか……『かわいい、かわいいにんぎょうさん。あなたは何して笑えるの?』が、原文

 だよ。」

「……距離を感じるから、ですかね」

「思い入れがあるんだね」


「『──私は、あなたの大事な人形(子)。これからの人生に幸せを与えるわ。

  あの子はやっぱりかわった子、やっぱりちょっとおかしなこ。くすりもしないにんぎょうを、きょうもえがおでそだててる』」


 ぱたんっ。

「おしまいです」

 溜息のような深呼吸の後、僕は本を閉じた。

「……物足りなかった」

「変な感想ですね」

「明日まで待たないといけないから」

「律儀で、いい子ですね」

「……悪い子だよ、私は」


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