6   夜。『 と   

 がちゃん

 捲った時だ、手を横方向水平に動かす動作で、硬い何かにぶつかった。

 お嬢様の手か?それにしては冷たすぎるし、無機物的な反応だが──

「熱っ」

 違和感、という脳の認識が始まった時、反射情報が膝にかかってきた。

 不意の熱気に思わず目を閉じ、再度開くと……

 隣のフィリア様は、シーンから切り取られたように消え去っていた。

 いや、お嬢様だけではない。

 頭の痛み、疲労感、果てには部屋までも。


 全てが切り替わっていた。


「よっぽど突然だったのね」

 動揺しかけた僕の精神を留めた声は、少女の透き通るような声だった。

「ルッカ様……」

「仕方ないわよね。ついさっきまで読み聞かせをしていたかと思ったら、いつの間にか高貴で瀟洒たる私との『貴重な』お茶会が始まっていたもの」

「えっと、そんなに自賛するタイプでしたっけ」

「……ジョークよ。妹には負けるもの。とりあえず、早くふき取りなさい。シミになるわよ」

 そう言って、彼女は紅茶を幸せそうに一口飲んだ後、テーブルに置いてあるハンカチを僕に手渡した。

 近くには零れた液体があり、滴り落ちる血液のように僕の衣服を汚していた。

 拭き取らなければ。

 零した紅茶がストレートティーなのは幸運だったと言える。熱さは残るが、奥底にまで染み込むような濃さではなさそうだ。


「拭き取りながらでいいから、話を聞いてもらってもいい?」

「はい、別に──」

「あぁ、こっちは向かなくてもいいわ、私が一方的に話すだけだから」

「……?」

 そう言ったルッカ様の表情は、ひどく焦っているように見えた。

 何故ですか?

 そう聞こうとしたが、その言葉は喉元でなんとか押しとどめることにした。

 いや、留めたは正しくない。押し止められたと言った方が正しい。

 その時間すら、彼女にとってはもったいないかもしれない。

 そう考えるまでに彼女は、深刻で、切羽詰まった顔をしていたからだ。


 液体の湿り気を拭き取り始めた時、普段より更に落ち着いた声で、はっきりとしゃべりだした。

「今のあなたに起こっている異変は、正しい表現では無いとは思うけれど……『記憶と現実時間の混濁』……とでも言えばいいのかしら」

 かなり長い時間かかっていたせいか、なかなかふき取ることが出来ない。

「普通記憶というものは、過去の出来事だけを記録するものだけど、今のあなたはだいたい……三日間ほどかしら。記憶と現実の時間がバラバラに混ざっているのよ、こんな風に、ね」

 正面を向いてみると、透明の硝子で作られた、水の入ったコップと、三色の絵の具が置かれていた。

 彼女はそれを一つずつ入れくるくると回し、コップの中の水が赤から紫、そして黒へと変貌させて見せた。

「実演どうも……何だか……わかったような分からないような……」

「別にいいのよ、何となくで。本質を理解する必要はないわ。それよりも、服のシミは取れた?」

「はい、大体は」

「そ。じゃあ早く本を読み聞かせしなさい?あの子、あなたのナレーションが大好きみたいだから」

「いや、こっちにも質問が──パキ

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