余談 ベッドにて

「すみません」

「……ゆるさない」

「すみませんでした」

「……」

「申し訳ありませんでした」

「……はぁ。ゆるす。悪気無いのは分かってるし」

 十五分の土下座により、ようやく許して貰えた。

「その、初めて会った時に嗅いだ匂いとあまりにも違っていたので」

「……キミ、割と感覚と本能で生きてるんだね」

「……えへへ」

「えへへじゃないよ。刺すよ?」

 氷雨さんがおもむろに懐から儀礼用のナイフを取り出してきた。魔法陣から取り出さない所からも本気で刺す気なのが伝わってくる。

「す、すみませんでした!」

 きっちり九十度頭を下げなおすと、ようやくナイフを納めてくれた。

「あぁ……最悪」

 ただ、不機嫌なことには変わりなく、悶々と何かを呟きながら、氷雨さんは顔を赤くして思い悩んでいた。

「やっぱり、匂いを嗅ぐ癖はやめたほうがいいですよね……」

 僕は別に鼻が特別敏感、と言うわけではないが、初めに人に出会ったとき、その人の雰囲気というか……印象を感じるために、ついやってしまうのだ。

 我ながらひどい悪癖だと思っているし、ましてやそれを口にしてしまうなんて……

「いや、そこは別にいい」

 いや、そっちじゃないのかよ。

「いいんですか……」

 あまりにも意外過ぎて呆けた顔で答えてしまった

「まぁ、膝枕みたいな密着行為したら、香るのは普通だし……そもそもゆきにも『猫人吸いだー!』って感じでよく嗅いでいたから……」

「僕、やっぱりペット位の扱いですよね?」

「問題は……一昨日の香り……だし……」」

 一昨日?あぁ……初めて会った時の……甘くて、爽やかな花の……香水?

「あ」

「気づいた?」

「もしかしてあの匂いって……」

 ぱぁん

「正解だよ」

「……なんか、もう、殴るのがコミュニケーションなんですね。この屋敷」

 ひりひりと痛む頬をさすりながら氷雨さんを見つめなおす。

 もはや吹っ切れており。表情はまた普段のほわほわとした雰囲気に戻っていた。

「セクハラなのは変わりないからねー」

「でも黙ってたとしても?」

「殴ってたね」

「詰んでますね。僕」

 このやりとり、一昨日やったな。

「そうだね。でも、なんで気が付くのかなぁ……この一週間忙しかったから、ごまかしでしか使ってないのに……」

「一週間は……死活問題ですね……」

「キミは……したことあるの?」

「いえ、一日に一回は必ず魔術で身体を洗うので」

「あー。やめといたほうがいいよそれ。水を生成したとき、残った魔力に反応して、服が変色したり、色が落ちなくなったりすることあるから」

「やったことあるんですね……」

「こういう身近なものほど、重要な法則や、現象が隠れていたりするからね。人生の疑問は全て研究対象。これが魔術師における一番の心構えだからね」

「なるほど……なら、香水をかけすぎると匂いが魔力にまで移るのも……」

「新たな発見だね」

「なるほど、円満解決と」

「あはははは」

「あはははは」

 ……ごっ

 もう一発きついのがきた。

 グーは……流石に床に寝床が変わりますよ。

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