『ようせいのはなし』

「『ようせいのくに』」


「『むかし、むかしのしらないところ。きれいなお花と大きな木にかこまれたしらないところ。そんなところでようせいたちが、あそんでた。』」

「『ようせいたちはとってもなかよし。あか、あお、みどり。みっつのいろの、ようせいたちがいっぱいだ』」

「『ようせいたちは、いろんなことしてあそんでた。ごはんをわけたりとったり、ともだちとはあそんだり。』」

「『そんなもりのはしっこに、ひとりぼっちのようせいさん。』」

「『あのこはとってもかわったこ。あのこはちょっとおかしなこ。』」

「『いろは……みずいろ。つめたくて、とってもあたたかい。ひとりぼっちでみんなとなかよし』」

「『ころんじゃってもわらってる。とられちゃってもわらってる。』」

「『でも、ようせいたちは、やさしいから、いっしょにあそんであげるんだ。』」

「……『それが、みんながやさしいようせいのくに』」

「上手だね」

 ぱたり。

 本を閉じると、右耳をくすぐるような声で彼女は囁いた。

 本人そのつもりがないのだろうが、声の性質上耳を撫でてくる。

「まぁ、旅の話とかを子供に聞かせる時とかもありますから」

 人生、どこで特技が使えるか分からないものだ。

 少しの静寂の後、また囁く。

「どう思う?」

「……?」

「これ」

「どう……と言われても、あー……きれいな国ですね?」

 さすがに感想にしては適当すぎただろうか。

「……そう」

 予想通り彼女はむっとして、次の本を渡してきた。


 ……僕は多分、前の本を読むときよりもすごい顔をしてるのだろう。

 改めて表紙を見る。

 まえに読み聞かせた本と同じ色彩。とりどりの花が描かれた絵本だ。

 ……ん?

 周りを見渡してみる。

 床に置いてある本は四冊。

 ベッドにはさっき置いた絵本と、フィリア様が持つ二冊。

 ……特徴的な花の香り。

 なるほど、たった今届いたのか。

「読むの、読まないの、どっち。」

 ほんの少しの語尾のつり上げとともに言葉をかける彼女に、視界を揺らして答えた後、僕はまた、作者の書かれていない絵本の中へ入り込み一言。

「『おかしなようせい』」


「『むかしむかし、のちょっとあと。だれもしらない森のそと。あのこはちょっとおさんぽちゅう』」

「『やっぱりあのこはおかしなこ。もりのなかにはぜんぶあるのに。みずいろのあのこはまた、たびをする』」

「『──見てください。今日は旅の収穫がありますよ。

 きょうはいつもとちがう日だ。あのこはそとでひろいもの。』」

「どうしたの?」

「はい?」

「急に変わったから」

「きにしなくていいですよ」

「『──可哀想な子。こんなに泥だらけになって……

 ひろったものは、どろにんぎょう。くすんだいろの、どろにんぎょう。』」

「『おかしなこは、きれいな森にきたないものをもってきた。』」

「『はじめてみんながみずいろのこによってきた。はなし合いだ。』」

「『あかい子がいった「ばらばらにしてすてようよ」』」

「『みどりの子がいった「あそびどうぐだ!あそびましょ!」』」

「『あおい子がいった「きれいにあらってかえしましょう」』」

「『きいろい子がいった「みんなでいっしょにたべようよ」』」

「『はなしてもはなしても、そらのいろがかわっても、こたえはでない。』」

「『ようせいのわをどけて、あのこがはいっていった』」

「『──やっぱり私が育てます。任せられません。

 おかしなこ。ここはようせいのもり。もりのものはみんなのものなのに。」

「『どろにんぎょうをつれたあと、おかしなようせいは、おこってもりのそとへでていった』」

 ──大丈夫、今日から私が一緒だよ


「大丈夫?」

 ぱたんっ。

 しょうじょはやさしくそういった。

 ……ッ。

「……あ、すみません。ちょっと入り込みすぎました」

 少しふわふわした頭で答えると、少し彼女は首を傾げてきた。

「……面白いね」

 僕を見てそう言ってるのだろうか?少し言葉は足りないが、そんな気がする。

「自分は割と普通だと思いますけど……」

「ふつうの人はそんなこと言わないよ」

 自分では普通だと思っているのだが……

 また、どこぞのメイド長と同じことを言われてしまった。

 しかし……なんだこの絵本は。

 いままで旅をしてきた中で見たことが……いや、そもそも本屋で絵本を見る習慣はないからこれが今のスタンダードなのだろうか。

「それと……読み聞かせはもういいよ」

 ため息交じりに言われてしまった。

 もう少しフィリア様の隣を感じていたかったが、それが彼女の意見ならば仕方ない。

 ただ……彼女が行為の中断を促したことに対して、安心感も同時にあった。

「絵本。読むのが限界なんでしょ」

「……」

 ほえー。

 意外な優しさだった。

 無反応で無感情な女の子かと思っていたが、勘違いしていたのかもしれない。

「それに、もう時間だから」

「時間?」

 ポケットから時計を取り出すと、針は真下に向きかけていた。

 『解錠』し、セッカさんのノートを見てみるともう彼女の夕食の時間まで一時間程だ。

「す、すみません。すぐに作りますので」

「ん」

 反応とも言えない受け答えの後、これ以降は僕を見ることをやめ、フィリア様は人形片手に一人遊びを始めた。

 ……すこしもどかしい。


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