2日目 読み聞かせ

 階段を降り、廊下を十数メートル。

 がちゃり。

 本日三回目。相も変わらず、風景は同じ。

 遊び飽きたのだろう、無駄に広い部屋に点々と置かれたぬいぐるみ。

 そんな広さにも拘らず、照明の数の割には妙に薄暗い部屋。

 ……だが、フィリア様の周りは変わっていた。

「……やっときた」

 小さいが、透き通る声が脳へと染み込んでいく。

 声を出すのに慣れたのか、掠れが消え、より心地よく響く。

 見ると、周りには四冊の本。

 その内三冊は読み終わっている。

 お嬢様の周りにそれらが乱雑に置かれている状況から、容易に推測できた。

「……」

 僕の方を彼女が向いた。

 相変わらず、お嬢様は僕の瞳(め)を見ない。

 まったく……そんな眼で見るのなら自動(オート)人形(マタ)に執事でもやらせればいいのに……

「はい……?どうしまし、いかがなされましたか?」

「……ん」

 静寂が続きそうなので困惑しているように話しかけてみると、細い手で、

 とんっ

 と何かを押し付けてきた。

「……絵本?」

「うん」

「読みきかせしろ……ってことですか?」

 こくり。

 正解のようだ。

「……そんなに期待しないでくださいね」

「だいじょうぶ。もともとしてない」

「……」

 流石にため息が出てしまった。

 厳しい言葉を投げかけられるのは昔から慣れてはいるが、関心すら持たれないというのは辛いものがあるのだが……

「言いたいこと。あるなら言って」

「……率直にいって。立場がなければぶん殴りたいですね」

「何を?」

「壁を」

 流石に雇用主をぶん殴るほど狂犬ではない。

「命令はいる?」

「……?そこまででは。別にこれは……」

 ここまで気まぐれに会話をしていたが、ここで僕は発言の軽率さに後悔が生まれた。

 だが、同時に喜びもこみあげてきた。

 そりゃあそうだ。

 今まで死体のような目で、眠たげな猫のような反応しか見せない女の子が、僕に向かって笑顔を見せたのだから。

「そ。じゃあ壁、殴って」

 一つ問題があるならば……その笑顔は、優秀な結果を残す実験体に見せる表情なことだが。

「……はい」

 彼女の前で比喩表現は控えることにしよう。

 

「りゅういんは下がった?」

 びりびり痺れる右手を振る僕に、彼女は表情を戻して聞いてきた。

 ……せめて失笑の一つでも貰えたなら良かったし、なんなら壁に向かう最中の時点で既にお嬢様は表情が死んでた。

 つらい。

「……えぇ、おかげさまで。それで何処で読み聞かせればいいんでしょうか?」

 読み聞かせろ。とは言われているが、この部屋は椅子が一つしかないのだが……

「あっちで読めばいいよ」

 なるほど、確かにフィリア様のベッドなら座るスペースは十分すぎる。

 ここなら安心……して読み聞かせが……いや、いいのか?

 まぁ本人が言ってるからいいか。

 ……物理的に痛い思いしたくないし。

「では、失礼します」

 腫れ物に触るよう、慎重に腰を下ろす。

 ふかふかだ。

 予想より深くベッドが沈みこんだと思ったら、すぐに臀部を包み込んできた。

 昨日まで使わせてもらっていたベッドを「雲の上に乗っている」と表現したが、その雲が優しく包み込んでくる、という表現だろうか。

 まぁ身内の使う家具だ。このくらいは当たり前か。

 感触を堪能していると、右側から跳ねるような感覚が波のように伝わってくる。

 見ると、彼女がこちらを向いていた。

 読み聞かせの時間はもう準備完了だ。

 僕は貰った絵本の表紙を表にし、読み聞かせ……

「……」

 ……………

「どうしたの?早く読んで」

「……はい」

 深呼吸して、淡々と喉を振動させ、タイトルを読み上げた。

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