2日目 魔女様の独り言

 その一瞬に疑問を抱いた時だ。

 自分の胸元がほんのりと温まるような感覚が唐突に表れた。

「……ルッカの妹さんに呼ばれてるよ、はやく行ってあげたら?」

 氷雨さんに言われ、下を向いてみると、ルッカから貰ったペンダントから、温かみが出ていることを理解した。

 手に取ってみると、中心部にめ込まれた翡翠ひすい色の石が、淡く光っている。

 これが呼び出しの合図というわけか。

 どういう原理で光っているのか少し気なるところではあるが、仕方ない。

 すぐにでも準備をして、フィリア様のところへと向かわなければ。

「そういえば、今は何時ですか?」

「んー?ちょっと待っててねー」

 そう言って氷雨さんは空中に現れた魔法陣から、ポケット感覚で同じマークが刻印された懐中時計を取り出して時間を確認し始めた。

「んー……四時だね」

「結構時間経っていたんですね」

「まぁ……それだけ読んでたらねぇ……」

 ちらりと彼女は机の一点を見る。

 そこには、七冊の本が無造作に置いてあった。

 厚さはバラバラだが、かなり読み応えのある本が多く乗せられており、自分で読んだものとはいえ、少し驚いてしまった。

 そうか、たしかに二、三百ページの本を三時間で七冊と考えると、相当読んでいる気がする。

「旅先で立ち読みしてたので、速読の癖が抜けないんですよ」

「話しながらそれって、相当だけどね……ま、片付けはやっておくから早く行ってあげたらいいよ」

「ありがとうございます」

 席を立つと、すでに僕は扉の前にいた。

 ここの司書様は、送迎サービスも完璧らしい。

「……あ、一つ言っておくね」

 紙の香りが離れかけた時、彼女は僕を唐突に呼び止めた。

「……何ですか?」

「余計なお世話かもだけど、いいかな?」

 自分はそんなものは頂かない主義だが、そうはいかないらしい。

 彼女のばつが悪そうな表情が、向かおうとした僕の身体を引くように留めさせてきた。

「……何か助言でももらえるんですか?」

「そんなことはしないよー?私は中立だからね」

 申し訳なさそうに彼女は言う。

 早くお嬢様の所へと向かいたいのだが。

「思ってることは分かるけど、一言だけね」

「……そんなに顔に出てましたか」

「え、うん。キミ、表情薄い割には露骨ろこつに見せてくるんだもん」

「……」

「はいはい、早く言いますよーっだ。と言っても、お姉さんは君に対して何かを言うつもりはないよー。何もない空間に、言いたいことを言うだけ」

 一呼吸の後、彼女は口を開く。

 それは……大きな独り言だった。

「『会話は、目を見てから。それが始まり』だよ」

 扉は閉じ、彼女の香りは消え去った。

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