第8話 光る人

大丈夫か、無理やり二人っきりになるようにしたが。雰囲気がだいぶやばいな。今からでも出て行くか、いやだめだ、ここで出て行ったらまた面倒なことになる。それにここで二人が仲良くならないと、もうこんなチャンスは訪れないだろう。それにこれも未来の俺がやり残したことなんだろうな。そんなことを考えながら、俺はドアの前にしゃがんで二人の様子を伺っていた。


「あ、あの、鈴木さん、ごめん。昔は色々あってすれ違いが続いてあんまり最近は喋らなくなっちゃったけど。私、また昔みたいに鈴木さんと、喜咲と仲良くなりたいの」

吐き出すように花野恵はいった。

「花野さんはそんなに思い詰めていたんだね。けど、ごめんなさい。もう昔みたいには戻れないの。昔のことは忘れたのもう。私は変わったの昔の自分を捨てて」

断られた、矜持などではない。ただただ断られた。花野恵は下に俯く。床の傷がこんなにもはっきりと見えたのはおそらく初めてだろう。だが、彼女は諦めなかった。彼女もわかっていたのだ。これを逃すともうチャンスはないことを。

「でも、それでも、このままは嫌なの」

「ごめんね、それでも私はできない」

無理だ。鈴木喜咲はもうとうの昔に昔の自分とは決別していたからだ。

それでも花野恵は忘れられない。幼き日をともにした彼女のことを。

その日奇跡が起こった。奇跡、そう一言で表すにはおこがましいかもしれない。

この街には神がいる。未来の末野はもうそのことを知っている。だが、神とはそうたやすく人間たちの生活に干渉しない。なぜなら一個体の傍観者として存在するからだ。だが、そんな神でも時々、ほんの気まぐれで人間たちの人生、生活に干渉することがある。末野もその一つの例だ。そして、花野恵と鈴木喜咲もそのもう一つの例になろうとしていた。


その日はとてもいい天気だった。彼女たちはあの後すぐ帰った。

だが、両者ともに何かを感じてすぐ家をもう一度出た。何かこう暖かいような懐かしいようなそんなぬくもりを感じたのだ。そして彼女たちはその何かに誘われて家を出た。向かった先は昔彼女たちがよく遊んだ千葉ポートタワーであった。午後5時半のことだった。


とてもきれいに見えた。昼間に見てもそんななんとも思わないようないくつもの景色がきれいに見えた。

夕日を反射する海、輝くポートタワー、どれも懐かしいものを感じさせられた。

とても美しかった。

「見て、さっちゃん。きれいだよ」

「わー、ほんとだねハナちゃん」

そして女子小学生二人が夕日に向かって走り出す。そんな彼女たちを見て、花野恵はまたもや綺麗に感じると同時に何か羨ましさも感じた。


それとほぼ同時刻に鈴木喜咲も何かを感じて千葉ポートタワーに到着した。

見慣れた風景だった。毎日通っていた。雨の日も風の日もそんな日でも欠かさず通いつずけていたのだ。何もかもが美しく感じたからだ。子供たちの笑い声や空を反射するポートタワー、夕日を照らす海。その何もかもが。

そして思い出す、幼き日の思い出を。



輝く世界、だがそこには何もない。町を見守る神、それがいるだけ。その神は町を見守る。そして、発見した、彼女達を。

「見つけた、君はどうしたい」

「・・・・・・・・・・・・」

そして話しかける、そして微笑む、彼女達の未来を考えて。


彼女達は出会った、もう6時をまわる頃だった。

「鈴木さん、どうして」

「花野さんこそ」

沈黙。そして花野恵は学校の時のように申し出る。

だが鈴木喜咲は断る。もう一度、だが断られる。そしてもう一度、だが断られる。

何回目だろうか。もうとっくのとうに日は暮れていた。

ついに花野恵は諦めた。その時だった。

海に人が立っていたのだ。光る何かである。神々しくて直視できない。だが、その光る何かは人型のように見えた。そして近くまで歩いてくる。そして、一瞬だった。

その何かは鈴木喜咲が掛けていた父の形見の眼鏡を破壊したのだ。

そして、何かを鈴木喜咲に伝える。


なにか懐かしいものを感じた。そう、その光る人型の何かはなにか懐かしいものを放つのだ。そして、日が昇っていた時のような輝きをまた感じた。日は昇っていないのにだ。何なのだろうかあれは、鈴木喜咲の心配はしていなかった。なぜなら危害を加えてくるようには到底思えなかったからだ。


何なのあれは。私はそう思った。だが、何か𠮟られそうな予感がした。それと同時に懐かしいものを感じた。泣きたくなるほどに懐かしい何かを。辺りはどんよりとして見えるがその光る何かだけは輝いて見えた。

歩いてこっちに来る。だが何も危機感を感じない。

「お父さん」

口からそう声が出た。父の雰囲気だった。忘れたくないあの父の雰囲気だった。

その光る何か、父は私の眼鏡をとって地面にぶつけて破壊した。

「なあ喜咲、もういいんだ。楽になってくれ、本当はそうしたいはずだ。眼鏡は破壊しておいた。あれは決して呪いではない、あの眼鏡を形見だと思ってつけてその他のことが何も見えていないのは見ていられなかったんだ。私が喜咲に与えたかったのは呪いなんかじゃなくて、とてつもなく広いこの世界とたった1人の親友なんだ。この世界は広い、とんでもなく広い、けどあの時代をすごした親友は花野恵ちゃん1人だけだ。これも呪いなのかもしれないね、けど、呪いでも何でもいい、花野恵ちゃんだけは大切にしなさい。わかったね」

そして父は私の頬をなでる。そしてその瞬間からどんどんと無数の光の粒に分化していき、空えと上がる。

「ごめんね、お父さん、喜咲ちゃん」

そして私も空を見上げる。きれいな夜空だった。そして喜咲ちゃんのほうを向く。

「喜咲ちゃん、私と、こんな自分のことも自分で決めれないみじめな私とまた友達になってくれますか」

頬に涙が伝う。

「当たり前でしょ、はなちゃん!」

最高の瞬間だった。世界が変わった。その瞬間彼女と今ここにいるという事実だけで、世界が綺麗に見えた。何もかもが輝かしい。色鮮やかだ。

「ああ、こんなに綺麗だったんだね、お父さん」

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