第10話 別れ

 俺がウィッシュに最後の願い、いや希望を託すことを決断すると意識は一瞬にして高度なシステムとの対話に変わった。

 これまでギフトの詳細やオプション?なんて見る暇もなかった。


 俺は次はそうするものなんだと思い、ただ願いを口に出した。


「俺たちを皆の元に!」


 しかしその希望はあっさりと打ち砕かれた。


「発動条件に合いません!人が転移できるのは1人のみです!」


 ウィッシュで人をどこかに送ることができるのは1人だけだと、複数人は不可能だと告げられた。

 しかし、希望はある。1人だけと告げるも、俺以外無理とは告げていないのだ!ならば・・・


「シズクだけでも・・・」


 俺はそう念じた。いや、呟いた。


「パーティーメンバーのシズクを仲間の元に送りますか?」


 スマホの画面にプロンプトが現れたが俺は答えを保留にした。

 心が揺れたのだ。

 何故なら彼女を安全な所に送りたいという想いと、もしものことを考えると、彼女を1人にしたくないという想いとの間で俺の心が揺れ動いたんだ。


 本当に安全な所へシズクを送ることができるのか!?そのような疑問だ。もちろん発動は初めてだから、成功を祈るしか無いんだ。

 もしも彼女が仲間の元に戻れなかったら?逆に違うところに転移してシズクが今よりも危険にさらされたら?そう思うと胸が苦しくなった。


 多分俺が自分だけを安全な所に逃がしたのだと分かると、シズクは怒るだろう。たおやかな彼女の怒り顔は想像できないが、彼女でも血管が浮き上がり鬼の形相を浮かべるのかな?俺はシズクに申し訳なく思ったが、そんな顔もそそるよなとしょうもない感情が少し過った。


 本当はシズクと一緒にいたいし、寄り添いたい。

 何よりもシズクと一緒に生きたかった。俺は決して鈍感じゃない!あの時のシズクの瞳は、俺にだけ向けられた特別なものだった。吊り橋効果だとは思うが、ダンジョンを無事に出て俺がシズクに想いを伝えたら、彼女は俺の差し出した手を握り返してくれるだろうと、そういった目だった!・・・と思いたい。

 シズクが彼女になる?そんな奇跡的なチャンスが訪れると信じていた。


 でも俺は苦痛に耐えながらシズクの安全を最優先とすることを決断した。

 今のシズクではこの先(このダンジョン)間違いなく生き残れないだろう。残念だが俺には守りきれないと判断した。そもそも俺自身の命すら風前の灯だろうさ。


 ふと視界の端を見ると、カウントダウンがされていた。この不思議空間は時間制限があったようだ。

 別れを告げることができそうだ。


 急激に意識が戻ると、先程から微塵も時間は過ぎていないと分かる。背後を見ると先ほど倒した仲間か?後続の魔物が近接武器の間合いに入るまでまだ10秒ほどあったので、俺はシズクの肩を力強く掴むと目を見つめたが、彼女の体は小さく震えていた。


「シズク、お別れだ!今までありがとう。君と出会えて俺は幸せだった。シズクは俺の大切な人だ。だから生きて幸せになるんだ。俺は見守っているから」


 俺が涙ながらに言うと、呆然としているシズクの頬にキスした。


 シズクが事態を飲み込めないうちに俺はウィッシュを発動させた。


「ウィッシュよ、シズクをリナのもとへ送ってくれ」


 彼女を救うために俺は自分の命を捨てるかのような選択をした。もちろん童貞のまま死ぬつもりは微塵もないが、そうなる未来になる確率の方が濃厚だ。2人で死ぬか、1人で死ぬか。その選択なのだろうが、実をいうと、シズクがいない方が俺の生存率は高いはずだ。

 だからまだ俺は命を捨てた訳じゃない! 

 俺は聖人君子ではない。

 女性と愛し合いたいし、【今の願望はシズクと付き合い、彼女と愛し合う。彼女に童貞を捧げたい!】だ。この願望が後に俺を苦しめることになろうとは・・・


 そして俺はウィッシュが発動し、シズクが消えるまでの間に別れを告げた。


「さようなら、シズク。君を愛している」


 その言葉と共にウィッシュが発動し彼女の周囲が静かに歪み始めた。


 そして急激な疲労感がシズクの意識を覆った。永遠の眠りに誘われそうになり、周囲の雑音が消え去り俺の声だけが残ったはずだ。

 何となく分かるんだ。


「再会したら、口にキスしてくれ!俺は必ず君と再会する!」


 ふと気がつくと俺はとんでもないことを口にしていたが、こんなときだからこそ勢いは大事だ!


 シズクは絶望の中での希望の光だった。彼女の心に刻まれる約束になっただろうか?待っていてくれるだろうか?暗闇が彼女を飲み込む寸前に、その約束を彼女がどう受けとめたか俺に確かめる術はない。シズクが次に目覚めるとき、それは新しい希望が息吹く場所かもしれない、いや、無事にリナの元に辿り着くと信じるしかない。俺の一方的な約束を果たすその日が来るのだろうか?


 口にキスをしなかったのは、俺の臆病さ、つまりチキンなんかじゃないからな!それはシズクを送り出した後に俺が最後まで戦うという決意の表れでもあり、生きて再開したらキスをするんだという生きる希望、つまり願掛けだからな!


 頬にしたのが最後のキスになると思わなくもないが、口にキスをしてしまうとシズクを送り出した直後に人生に満足し『我が人生に一片の悔いなし!』と右腕を突き出して文字通り昇天する自信があるから!


 大事なことだから二度言う、あくまで願掛けだからな!こらそこ、チキン言うな!


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 シズクが目覚めた際、タケルとの再会を信じるも、再び生きて温もりを感じることができるかどうかは定かではない。しかし彼女の心にある彼への想いは永遠に生き続ける。それが彼女にどんな未来も恐れさせない、希望の灯は決して消えることはないだろう。

 タケルはそう願う。


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 そしてシズクは意識を失くす最後の一瞬、全ての力を振り絞った。魔鋼鉄の槍を俺に、いや、俺の背後に向けて投げたのだ。槍が俺のすぐ横へと向かって飛んでいく間に、シズクは涙ながらに叫んだ。


「ばか!」


 その叫びが終わると共に、シズクは光に包まれ俺の目の前からスッと消え去り、俺は一人ぼっちになった・・・




後書き失礼します。

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