第3章「猿飛 鞠」ー2


 部室の天井の一部から、スルスルと姿を現したのは、小豆色のロング丈のスリット入りの着物にニーハイの網靴下を穿いた、風紀委員長の猿飛鞠さるとび まりだった。ビン底メガネとモサい三つ編みがトレードマークの彼女は、美影の家のお隣さんであり、伊賀の流れを汲む“服部家”と甲賀の流れを汲む“猿飛家”は犬猿の仲だ。


「私の“変わり身の術”を見破るとは、流石ね、美影!」

 ずり落ちてくるビン底メガネのつるを掴み持ち上げながら、鞠が言った。


「こんなところに何の用だ? もしや、お主も“チャクラ切れ”か?」


「お主もって何よ? もしかして、エリートくノ一の美影様ともあろうお方が、まさかの“チャクラ切れ”?」


 鞠は、フヒヒヒっと小馬鹿にしたように笑った。


「お主、人のことを笑っている場合ではないぞ! お主の首筋に“忍”マーク、赤く点滅始めちゃってるしー」

 と、今度は、美影が、プクククっと鞠を小馬鹿にしたようにして笑った。


「ちょっと、アンタも額の“忍”マーク点滅始まっちゃってるしー」


 “忍”マークとは、チャクラ残量が10%をきると浮き出る緊急サインだ。美影がぱっつん前髪スタイルを貫いているのは、額に出現する緊急サインを隠すためだ。


「これは、お互い大ピンチということで、一時休戦ということにしないか?」

 美影が鞠に提案した。


「やむを得ないわね!」

 鞠は、美影の提案に賛成し、

「じゃあ、さっさと、ぬくもりチャージしちゃおっ」

 と言い、美影の背後から徳川くんのグレーのニットを、むんずと掴んで引っ張った。


「ちょ……ちょ、まっ……、鞠、アンタは豊臣とよとみくんに想いを寄せてるって言ってたじゃん?」


 豊臣くんというのは、バスケ部副部長の可愛い系のイケメンで、これまた、女子生徒に人気が高い男子だ。


「こ・こ・ろ・が・わ・り」


 そう言って、鞠は頬をポッと赤らめた。


「『女心と秋の空』って言うでしょ? 仕方ないじゃん」


 鞠は悪びれることなく言い放ち、テヘペロっと笑った。

 美影の中で感情制御装置が爆発する音がした。


「あー、もー、時間がないーーー! 手を離せーーー! このビン底ブサイクメガネーーー!」


「誰が離すものかーーー! この前髪ぱっつん女めーーー! 徳川くんの“ぬくもり”は私のものだーーー!」


 一枚のニットをめぐって、くノ一2人が激しい戦いを繰り広げたことで、部室は、クナイやら手裏剣やらマキビシやらで、一瞬にして廃墟と化し、徳川くんのグレーのニットが灰燼に帰した。


 とその時、部室へ向かってくる2つの足音が聴こえてきた。


「まずい! とりあえず、隠れよう!」


「御意!」


 美影は“忍法・変わり身の術”で部室の壁と化し、鞠はビン底メガネを外し“瞳術・裸眼どうじゅつ らがん”を使うことで、部室に入って来る者に対し幻術をかけ、自分の姿を、一般家庭の床の間あたりによく飾られている“クマが鮭を咥えている木彫りの置物”に見えるように仕掛けた。

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