第10話 花言葉1「優しさ」



(あれは……白昼夢だったの?)


そんな風に思ってしまう程に私の人生に於いてあり得ない出来事が起こった。


でも夢ではなかった。


私の手にある封筒には再就職先の雇用に関する事項が書かれた書類が入っている。


(蓮条院家のお手伝いさん……か)


私を住み込みで屋敷に雇いたいと言った蓮条院家の当主、蓮条院千宗れんじょういんゆきむねさんは私が勤めていた全国展開している仏具メーカーの総合取り締まり企業の総帥であり、古くから神社仏閣の世界では重鎮に位置付けられている蓮条院家の若き当主だった。


(よく解らないけれど凄く偉い人、なんだよね?)


そんな人が私みたいな何処の馬の骨とも分からない庶民を屋敷に雇いたいだなんて……


(なんだか信じられない)


そこには何か裏があるような、陰謀めいたことでもあるのかな、なんて考えたりもするけれど、そもそも私をどうにかしたって蓮条院さんにとってはなんのメリットも得もないだろう。


お金持ちで社会的地位もあって、そしてあの容姿に柔らかな物腰。きっと女性にも不自由していないだろうと容易に想像がつく。


──ということは


(本当に善意から困っていた私を助けてくれたってことなのかな)


色々考えてみたけれど結局最後にはそこに考えが辿り着いた。


そんなことを考えていると玄関で開錠する音が聞こえ、兄が帰って来たのだと身構えた。


(ちゃんと話さなきゃ)


既に私の中で決めたことを兄に解ってもらえるように話さなくてはと、少しだけ緊張が走りブルッと震えた。


「──清子?」

「おかえり、お兄ちゃん」


リビングに入って来た兄は少し戸惑っていたけれど手にしていた買い物袋をカウンターに置きながら話し掛けて来た。


「玄関に靴があったからまさかとは思ったけど随分早かったんだな」

「あ……うん」

「何だ、どうかしたのか」


私のただならぬ様子を敏感に感じただろう兄は買って来た物を冷蔵庫に仕舞う動作を止め私の元まで歩み寄って来た。


ソファに座る私の横に腰を下ろしジッと顔を見つめた。


「近いよ、お兄ちゃん」

「どうした、何かあったのか」

「~~~」


間近に迫った兄に思わず顔に熱が集まるのを感じた。


焦る気持ちをなんとか押し留めて今日遭った出来事を兄に話した。




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