第6話 花言葉1「優しさ」
「あの、その……こ、これは──」
「事の顛末を簡潔に述べてください」
「っ、はい!」
私と対峙していた時の態度とは一転、店長は借りて来た猫の様に『れんじょういん』と呼ばれた人にしどろもどろに私のことを説明していた。
店長から話を訊き終えた彼は徐に私に視線を向けた。
(っ!)
その射るような鋭い視線に呼吸をすることも敵わない気がした。
(なんだろう……すっごく息苦しい……)
その苦しさは何処から来ているのか分からない。ただ見つめられるだけで動けなくなる気がした。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました」
「……へ?」
息苦しさが限界に近づいた瞬間、いきなり私の目の前で彼が深々と頭を下げた。
「話を訊いた限り非は全面的に此方にあります」
「……」
「あなたには何も非がないというのに不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
「……え……あの……」
何故か何処の誰とも分からない人にとても丁寧に謝罪してもらいかえって恐縮してしまう。
すると突然「あぁぁ、蓮条院様! その様に頭をお下げにならず、謝罪ならわたくしめが──」なんて言いながら明らかに焦っている店長が彼に倣って私に申し訳なかったと謝罪した。
(いや……なんなの、これ)
なんだか大袈裟なことになってしまったと思えるほどの事態に私の中に溜まっていた怒りが何処かに吹き飛んでしまった。
「あの……もういいですから」
「許していただけるのですか」
『れんじょういん』さんが薄く頭を上げ私を見つめた。
「許すも何も……名前で間違われることにはもう慣れっこなのでいいんですけど……仕事に関してのことは何とかして欲しくて……」
「『こっちは死活問題なんですよ、働かなくっちゃ生活出来ないんです』──でしたね」
「!」
(先刻の、訊かれていた!)
訊かれていたも何も、あんなに大きな声で怒鳴れば嫌でも聞こえるかと恥ずかしく思った。
「確かにあなたの言う通りです。働かなければ生活が出来ませんね」
「……はい」
「店長、この本店に彼女は必要ですか」
「は?」
何故か突然彼は店長に向かって率直なことを訊いた。
「あぁ、愚問でしたか。必要ではありませんよね。先程のやり取りから推測すればそれは解り切ったことでしたね」
「あ、あの……蓮条院、様?」
「本店には要りませんよね、彼女」
店長は彼に言われた言葉に戸惑いながらも薄く頷いた。
(はぁ?!)
先程の真摯な謝罪態度に伴わない彼の言葉に唖然とした。それと同時に失望にも似た感情が沸き上がった。
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