第4話 花言葉1「優しさ」
初出勤だというのに寝坊してしまった。でも朝食を食べる時間を惜しんだおかげでなんとか始業時間前にお店に着くことが出来た。
遅刻しなくてよかった──なんて思いながら第一印象が大切! とばかりに思いっきり元気にお店の中に入ったのだけれど……
「──え」
「だからね、此方が採用したのは斉藤清子さんだったの」
「さいとう……きよこ」
その名前を訊いてハッとした。斉藤清子さんは私と同じ支店で働いていた二つ上の先輩店員だ。先輩の名前と私の名前が似ているということで書面関係ではよく間違われていた。
呼び方は『さいとうきよこ』と『さいとうさやこ』で苗字が同じというだけで大した間違いはなかったのだけれど、漢字にすると先輩の『斉藤清子』と私の『斎藤清子』は『さい』の字だけが違っていたために混乱を招くと笑われたことが何度かあった。
(まさか……支店長が間違って!?)
本店からの人事通達の書類を受け取ったのは閉鎖したお店の支店長だった。紙面に目を通して確認したのは全て支店長ひとり。私は支店長から口頭で指示を受けただけで──……
(支店長ぉぉぉぉぉぉ──!!)
支店長は完全に勘違いしていたのだ。閉鎖の混乱で動揺していたのかどうか分からないけれど、常日頃私に『優秀な斉藤さんとそっくりな名前で苦労しそうだね、斎藤さんは』なんて嫌味ったらしく言っていた支店長自身がこんなしょぼいミスをするなんて。
(いや、私だっておかしいなとは思ったわよ)
先輩の斉藤さんはとても優秀だった。接客も販売技術もピカイチで、おまけに私とは比べものにならないほどの美人さんだ。
そんな斉藤さんだから再就職先は真っ先に決まっていた。反対に最後の最後まで決まらなかったのは私だ。
そんな中で届いた本社勤務の案内書類に書かれていた名前が私だったと支店長から訊いた時はまさかと思ったけれど、支店長の「捨てる神あれば拾う神ありだねぇ」なんて言葉と共に全社員の再就職先が見つかったことに安堵していた。
(だけどまさかの名前違い?!)
「はぁ……まいったなぁ」
店長室で固まっている私を前に本店長は盛大にため息をついた。
(いやいや、ため息をつきたいのはこっちの方ですよ!)
間違ったのは支店長だし、きちんと本人確認をしなかった本店側の責任ではないだろうか?!
(私が悪い訳じゃないでしょう?)
いい知れぬ不安と憤怒がジワジワと私の胸を押し潰そうとしていた。
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