第3話 花言葉1「優しさ」



私は兄に育てられた。


父は私が母のお腹の中にいる時に事故で亡くなっていた。それから母は生まれたばかりの私と8歳の兄を女手ひとつで育てて来た。


兄は母と家計を助けるために高校卒業後大学に進学せずに就職した。しかしこれから母を楽させてあげられると思った矢先、母は病気であっという間に他界してしまった。


そういった経緯でまだ小学生だった私はそれから兄によって育てられて来た。


頭が良かった兄は就職先の会計事務所の計らいで会計士としての資格を得るため補佐業務の傍ら勉強することが出来、その結果私が高校に入学した年に国家試験に合格し晴れて公認会計士になった。


母が亡くなってから11年。ずっと兄とふたり暮らしだった。出来の悪い私を優秀な兄はいつも優しく見守って来てくれた。


優しくて頭が良くて顔立ちのいい兄は女の子にモテたのに私の面倒を見るために彼女を作らなかった。子どもの頃はそんな兄をひとり占め出来ることが嬉しくて優越感にも似た感情が私の中にあった。


だけど歳をひとつ重ねて行く毎に私の兄に対する気持ちは少しずつ変わって行った。


このまま兄とふたりで暮らして行けたら……


このままずっと兄と生きて行くことが出来たら……


それはどんなに幸せなことだろうと考えてしまうようになった。


そう、私は兄が好きなのだ。


家族としても


兄としても


そして──男としても。


(だけどそんな感情、持っちゃいけないんだ)


兄と妹という関係で恋をしてはいけないのだと、そんなの誰でも知っていることだ。


ダメなこと、禁忌、タブー、間違ったこと、気持ち悪いこと。


(だから私は一刻も早くお兄ちゃんの元から巣立たなくてはいけないのに……)


そんな私の気持ちも知らないで兄はいつまでも私を子ども扱いして猫可愛がりする。


(なんか私ばかりが悩んでて……狡い)


いっそのこと兄に彼女でも出来ないかと矛盾した気持ちを持ったりするけれど、真面目な兄は私を見送ってから会社へ行き、そして私よりも早く帰宅して帰って来た私を出迎える毎日だ。


休日は一日中家に居て家事に勤しんで、たまに私を連れて買い物や娯楽施設へと連れて行ってくれる。


彼女のかの字も見えない清廉潔白な兄に対して抱く恋心は日に日に膨れて来てどうしようにもないところまで行きそうだ。


(私にお兄ちゃん以上に好きな人が出来ればいいんだけどな)


そんなことはとっくに試している訳なのだけれど、今まで兄以上に気持ちを寄せる男性には会ったことがないのが現状だった。



「……はぁ」


兄のことを思うとため息しか出ない。


(本当、どうしてこんな不毛な恋をしてしまったのだろう)


この世の中に神様とやらがいるのならどうかこの迷える子羊を救ってください──なんて考えている内に今日から働くことになる蓮杖堂れんじょうどうに着いたのだった。




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