第2話 花言葉1「優しさ」



私を見つめる兄の真顔に少しずつ胸が高鳴る。


「な、何? 時間、ないんだけど」

「頑張っておいで。何が起きてもいつもの清子らしく──な」

「……うん」


柔らかな笑みを浮かべながらそう言った兄の様子がいつもとは少し違った気がした。


(ひょっとしてお兄ちゃんも一緒になって緊張してくれているのかな)


そんなことを思いながらも靴を履き、もう一度兄に向き合って「じゃあ行って来ます」と挨拶をして家を飛び出た。



私は斎藤清子さいとうさやこ、21歳。


短大を卒業後、大手仏具・神具卸会社の支店のひとつに就職したのだけれど、その支店が入社半年で業績不振のためいきなり閉鎖してしまった。


途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれたのはなんと本店の店長だった。


『優秀な人材をみすみす手放したくない』という理由から取られた救済措置だというけれど──


(優秀な人材というのは何かの間違いじゃないのかな)


自慢じゃないけれど私は優秀でもないし仕事が出来る方でもない。入社半年を経てもお茶汲みや簡単な事務業務しかこなしていなかった。


私よりも優秀な人は他にもいた。──なのに


(そんな私が何故本店に拾ってもらえたのかは謎だけれど)


この再就職難の世の中で拾ってもらえたことはありがたいと思いすぐにお願いしますと返事をしていた。


(その記念すべき本店初出勤の日によりにもよって寝坊とか!)


『全く……21にもなって中学の時みたいなやり取りが続くとは思わなかった』


兄から言われた言葉を思い出して少し落ち込む。


(本当、私って子どもの時から変わっていないなぁ……)


本当は就職を機にひとり暮らしをすると決めていた私。


だけど私のことを心配する兄、眞佐哉まさやの反対を盛大に受け、未だにひとり暮らしは果たせていない。


(もう、人の気も知らないで!)


いつからか兄のことを思うと重たいため息しか出なくなっていた。




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