第三十三話 バレンタイン
2月14日。
今日は、バレンタインデーだった。
男に生まれれば、その日を誰しもが意識をする。
学校に着き、教室に入った途端、ソワソワは始まる。自分がチョコを貰えるのか貰えないのか。他に貰っているやつはいるのか。貰えたとして、義理なのか、本命なのか...
いつもの何倍も周りを見て、何倍も女子を意識し、心がざわつき、浮つく一日なのだ。
とはいえ、僕はこれまでの人生でひとつもチョコを貰ったことは無かった。
だから近年のバレンタインは、周りがどれだけ盛り上がろうと、うるさかろうと気にしないようにしていた。その中でも心のどこかで期待は持ってしまう。それを最小限に抑えていた。
でも、今年は違った。
僕には、彼女がいる。
古賀 諒花という、完璧で最強な彼女が。
そんな彼女から貰う、チョコなんて、期待せざるおえない。
南高校では、バレンタインのいつもの風景で、女子たちや男子たちが騒がしく異様な雰囲気だったが、そんなことよりも、僕は下校時間が早く来て欲しいと待ちきれんばかりだった。
授業を受けながらも、下校時間に諒花と会うことで頭がいっぱいだった。
諒花が、どう僕にチョコを渡すのか妄想していたのだ。
大抵、ラブコメアニメかなんかだと、ヒロインが恥ずかしくて、素直にチョコを渡せず、もじもじとしていてもどかしい展開になる。それで渡そうとしてもなかなか渡せず、じれったい雰囲気になり、それで主人公も貰えないのかと落胆し、ヒロインもあげれなくて諦めようとした時に、何かが起こって渡すという感じか。大体はそういうアニメらしいハプニング展開か、ヒロインが勇気を出す場合だ。
もしかしたら、諒花も、恥ずかしがって、僕にチョコを渡すのを葛藤して思い悩んでるかもしれない。もし、そうだったとしたら、僕から勇気出して、バレンタインの話題を触れなきゃな...あとは他のパターンもあるのなら考えておかないと、、、
そんなことを考えていたら、やっと下校時間になった。
僕はいち早く帰り、諒花と待ち合わせをしていた。
「やぁやぁ渡くん」
「あ、諒花」
諒花と会うや否や、ボクは直ぐに諒花が手に持つ小さな紙袋を発見した。
「はい、これ、バレンタインチョコ」
なんともあっさりと諒花はバレンタインチョコを渡した。最強の諒花にとっては、バレンタインチョコレートを渡すのもお手の物なのだろうか。
それはそれでちょっとなにか物足りなさを感じてしまった。
もっと、お互い照れながらじれったく、渡し、受け取る感じを想像していたからだ。
「ありがとう」
「チョコ、手作りだから。帰ったら美味しく食べてね」
「うん、楽しみにしてる」
「あ、そうそう」
「ん?」
「女子校だから友チョコいっぱい貰ってさ、食べきれないからあげる」
と言って、諒花は、リュックを下ろすと、大量のチョコレートが溢れ出てきた。
「多すぎ!」
「あははは、食べる?」
「い、いいの?」
「てか、食べて!」
「おわっ」
諒花は、僕の口の中にチョコを入れた。
僕はそのチョコをパクッと食べた。
「どう?」
「う、美味い」
「でしょでしょ!」
「その子さ、ウチのこと好きなのか、作りすぎたみたいでめっちゃチョコくれたんだよね」
「そうなんだ」
女子校での諒花の人気は未だ健在だった。
「まぁでも」
諒花は少し顔を上げた。
「ウチのチョコは、他の誰のチョコよりも美味しいからね」
そして、僕の方へ顔を戻して、ドヤ顔でそう言った。
「そんなに上手く作れたの?」
「上手く作れたというか、想いかな」
「想い?」
「他の誰よりも、想いを込めて作ったから、絶対美味しいはずってこと」
そう彼女は恥ずかしげもなく堂々とそんなことを言う。
「そ、そういうことね」
それを言われた僕が恥ずかしくなるほどだ。本当にすごいし、それを通り越してかっこよくて尊敬もできるほどだ。
そのさっぱりとした態度は本当に諒花らしいし、そういうところも僕には無いところで、好きだ。
「帰ったら、すぐ食べるよ」
僕は照れくさそうに、少し顔を斜め下に向けてそう言った。
「うん!」
諒花の笑顔を直視出来なかったが、声だけでも満面の笑みが浮かんでいることを感じられた。
◇
僕は家に帰って、紙袋の中を開け、チョコの入った紙の箱を開けると、メッセージカードとともにチョコがあった。
メッセージカードには、<渡くんのために一生懸命作ったので食べてください 諒花より>
と書いてあった。
チョコは、真ん中にフルーツのジャムが入っていた。
僕は、オレンジ色のジャムが挟まったチョコをひと口食べた。柑橘の匂いが口いっぱいに広がって、そこからカカオの苦味が、伝わってくる。その柑橘類の酸味とチョコの甘み苦味のハーモニーがマリアージュして、とても美味しかった。
そして、2個目は、赤い色のジャムが挟まれたチョコだ。
イチゴ味かなと思いながら食べると、やはり当たりでイチゴ味だった。
甘いイチゴのジャムと言うよりも少し酸味があり、それがちょうど良かった。こちらも美味しさがマリアージュしていた。
◇
「ほんとにチョコ美味しかったよ」
僕は翌日の下校中、諒花にそうチョコの感想を伝えた。
「ありがとう!そう言って貰えて作った甲斐があったよ」
「1番お気に入りの味とかあった?」
「うーん、僕はやっぱりオレンジのチョコかな」
「あはは、なんかそんな感じがした」
「初めてもらったチョコだったから、ずっと取っておきたいくらいだったけど、全部食べちゃったから、、ほんとに美味しかったです」
「ふふふ、そう言って貰えると嬉しいな!想いを込めて作った甲斐があったよ」
<過去回想 諒花 チョコ作りにて>
「うーん、、なかなか上手くいかないな」
「あら諒花、まだ作ってたの?」
「うん、形とか味とか納得いかなくて」
「ふふ、諒花がそんなに本気になるなんてそんなに彼のこと、、青春だわね」
「もう、ママ、茶化さないでよ!」
「ふふっ、ごめんなさい。なにかママ手伝うことある?」
「いいよ、ウチが一人で作る」
「ほんとに大丈夫?一人でできる?」
「できるよ!ママも一緒に作りたいの?」
「作りたいっていうか、少し心配ね。中森くんに毒でも食べさせないかなんて。私が手伝えば、アドバイスもできるし絶対美味しく出来ると思うのよ」
「毒なんて酷いなぁ!ウチの料理の腕前そんな酷くないから!」
諒花は顔を膨らませ、強くそう言った。
「あと、ウチが作らないとダメなんだ。ウチ一人で作ることで、本当に想いは籠ると思うから」
「そう、じゃあ頑張ってね」
母は、さっきとはうって変わって、軽くそう言った。まるで、母親が小さな我が子の僅かな成長を見守るかのような安心した目をしていた。
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