第二十九話 再会

諒花が海外に旅立ってから、一週間が経った。


僕の色鮮やかな日常は、平穏を取り戻し、灰色となった。


そうだ。それが僕の平穏であり、日常だったじゃないか。


何を今更なことを言っているんだろう。何を妄想めいたことを宣っているのだろう。


というよりも、今までのことは、全て僕の空想だったのかもしれない。


僕は夢を見ていたんだ。とても楽しい夢を。


キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴る。


そのチャイム音は、こんなにも歪んで聞こえた。


全ての授業を終え、下校する。


僕は、下駄箱で靴を履き替えたあと、RISEを開く。下校後に癖になっていたんだ。


でも何も動きは無い。


あのころの、胸の動き、ざわつきは無い。


彼女と付き合っていた時は、良かったなんて、そんな悲しい振り返りをしたくない。


笑顔で、別れたはずなのに、そんな暗い思いをしちゃダメだ。


彼女の幻影を追いかけて、おもちゃ屋に足を運んだ。


でも、そこに彼女はいない。影は消えさった。


僕は、彼女の居た時を、空想する。


初めて彼女に出会ったあの日、ここで彼女は隠れていて、僕は何も分からずドキドキして何も出来なかったんだよな。まさか、それからまた彼女に再会して、お菓子を食べて仲良くなるなんてな。


良かったな。あの頃は。


また、そんな日々に戻りたいと思った。


僕は、諒花と離れてもっと、より強く諒花を思うようになった。


街を歩けば、彼女の姿を探す。いるわけが無いのに。


もし、彼女の面影がある金髪の女性の後ろ姿を見つければ、諒花だと思って、目で追ってしまう。


でも、振り返る姿は、全く知らない他人で。


当然のことなのに、僕は落胆する。


そんなことばかりだった。


頭の中がおかしくなっていた。


これからもこういうことがあるのだろうか。


そう考えると心が寂しい。


僕はただ、好きな人と会っていたい。それだけなのに。


いつもの様に面影を求めて、僕は下校後、彷徨っていた。


でも、、いない。いるはずがない。


そんな後ろ向きな考えを持ちながら、おもちゃ屋へ行く。


その幻が消える時、毎回、悲しくて、辛くて、心が痛いからだ。


おもちゃ屋に足を踏み入れて、僕は目を擦った。


いつも通りの幻は僕の目に映った。


でも、


あの別れから、やっとこの瞬間、2週間ぶりに僕は、辛苦しんくから開放された。


「ただいま...渡くん」


「諒花……」


諒花は、あの最初に出会ったおもちゃ屋にいた。


「なんで、、?」


「親がやっぱり日本で良かったみたいで、急遽昨日戻ってきたんだよ」


「そ、そうなんだ…」


「だから、、その」


「う、うん...」


「え?渡くん?」


「え?」


僕の頬に涙が伝っていることを、僕自身が気づいていなかった。


「ごめん、何でもないよ」


僕は涙を指で拭き取ってそう取り繕った。


「ダメ、話して」


そう、諒花に強い眼差しで見つめられれば、僕はこれ以上取り繕うのは無理だった。


また涙が溢れはじめる。


そして、僕は話した。

これまで辛かったこと。

RISEでは平静を装っていたこと。

諒花にずっと会いたかったことを。


「ごめんっ...!」


そう諒花は言って、初めてだ。


諒花から僕を抱きしめた。


僕は、諒花の体に包まれた。同じ身長、同じ体型だから、そうなる。


僕は、静かに泣いた。


ずっと、諒花のぬくもりの中で泣き続けた。



全ての溢れ出る涙を出し切った後、僕らは、お菓子を買った。


「懐かしいね、あの時のこと、覚えてる?」


「うん、覚えてるよ」


「あの時から君は救ってくれたなって」


「別に、僕はその時何もしてないよ」


「その時だけじゃないよ。追いかけられてる私をカフェへ連れてってくれたし、プールの時もはぐれそうな時を救ってくれた。それに夏祭りの時だって。他にも、君のおかげでもっと動物好きになれたり、パパも塾のこと感謝してたし」


「...」

褒めちぎられて、僕は照れて何も言えなかった。


「だからありがとう」

彼女は少し照れてそう言う。


「ど、どういたしまして」


「あと、やっぱり、駄菓子ってさいこーだね!」

諒花は、照れを誤魔化すようにそう言った。


「そ、そうだね」


「どんな状況でも、おいしく食べられるんだよなあ」


「まぁ、おまい棒は最強ってことだね」


「おまい棒だけじゃないよ!これも!」

諒花は、僕に酸っぱい梅の駄菓子を口に押し込んできた。


「うわっ!酸っぱっ!」


「へへ、最強に酸っぱいでしょ?これが美味しいのよ」


「う、うん意外といけるかも」


梅はあんまり好きじゃなかったけど、その駄菓子の酸っぱさは意外と嫌じゃなかった。


「僕さ、色々と考えたんだ。諒花が居なくなってから」


「考えたというか、考えざるおえなかった。いつもいつも、四六時中、諒花のことで頭いっぱいでさ……」


「うん」


「だから、ほんとに、、もう、どこにも行かないで欲しい」


「わかったよ。私はもう絶対どこにも行かない」


「本当に?」


「うん、本当。だって、私だってそうだったから」


「ん?」


「私だって渡くんと離れたくなくて、辛かった。別れを切り出すのも苦しかった。離れたあとも、私も、ずっと渡くんのことで頭いっぱいだったよ」


そこ言葉に僕は、胸を打たれた。


血が騒ぎ、体内を流れる血潮で、顔が真っ赤になる。


諒花は、平気そうに見えて、全然そんなことはなくて、僕と同じぐらい僕を想ってくれていたのだ。


「でも本当に、良かったよ、戻ってきて」


「うん。ほんとママってお騒がせだわ」


「あははは...」


やはり血は争えないなと思った。


「あ、そいえば!」


「な、何?」


「お土産渡すの忘れてた!海外で買ってきたんだ」


「おぉ」


諒花は、紙袋から、お菓子と正方形の箱を取り出した。


お菓子のお土産は、海外でしか売っていないチョコやガムやグミなどで、正方形のお土産は、スノードームだった。


「綺麗でしょ?」


諒花は、箱からスノードームを取りだして、僕に見せた。


「うん」


そのスノードームは、キラキラのラメが入っていて、雪だるまやトナカイ、サンタクロースが雪景色の中にいる。


「ここ押してみて」


「ここ?」


「うん」


諒花の言われた通りに、スノードームの下の土台部分となっている所にあるなにかのスイッチであろうボタンを押すと、いきなりスノードームは綺麗な音をたてた。


「これ、オルゴールにもなってるんだよね」


「おお!凄い!」


「スノードームオルゴール、お揃いだから。ウチのはこの色」


諒花は自分のもうひとつのスノードームオルゴールを取りだして見せた。色違いでお揃いで、その色も綺麗だった。


「その色合いもいいね」


一生の宝物になりそうな、そんなプレゼントだった。


「ありがとう。最高のプレゼントだよ」


でも何よりも、彼女が無事帰ってきて、ここにいてくれる事、再会できたことが、僕にとっての最高のプレゼントであったことは間違いないだろう。

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