第二十七話 りんご狩りin青森

秋の終わりを告げるような、そんな秋風がほのかに感じられる今の暦は、11月の後半。


僕は、そんな寒い時期に、何故か、青森にいた。


「なぜ僕はこんなところにいるんだーー!」


「渡くん?どうしたの急に?」


「へ?なんで諒花がいるの!?」


「ちょっ、まさか記憶喪失になってない?」


「えぇ!?いや、ちょっと寒さで混乱してて、って諒花さん!?」


「叩いて被ってジャンケンポンシュパッバシーン!」


「いってえええあああああ」

僕は諒花に急に殴られた衝撃で、宇宙の構造を知り、この世の森羅万象の謎全てを解き明かし、神の叡智を授かりた、思い、、、出した。



そうだ。確か諒花は、というか古賀家は、この時期になると、親戚の青森のリンゴ農家へ旅行しに来るらしい。


じゃあ何故僕、がここにいるのかというのが最大の謎であり、僕が混乱した理由だ。


それは、諒花の誘いがあったことは当然のことだが、その誘いを誘発したのは、諒花の両親だった。


つまりはこんな会話が予想される。


「渡くんも誘ったらどうなの?」

と諒花マッマ。


「けしからん!だが...渡くんは、塾のバイトを頑張っているし、チャンスを与えてやってもよいな」

と諒花パッパ


「じゃあ、せっかくだし、渡くんも誘おっか」

と諒花。


うん。きっとこんな流れだろう。そんなこんなで、僕は誘われ、そしてここまで来た。


「どう?思い出した?」


「うん。思い出した」


「やっぱり、叩けば治るんだなーっ」


「僕は壊れかけのテレビジョンかい」


僕はそうツッコんだ。それにしても、親戚がリンゴ農家なのは凄い。少なくとも、僕の親戚にそんなことをしている人はいない。


「毎年行くの?」


「まぁそうだね。毎年美味しいリンゴは食べに行くというか行かされるというか」


「仲良いんだね親戚とか家族とか」


「まぁね!」


「家族と旅行も行くこと多いの?」


「旅行はたまにかな。それよりも親が出張とか転勤とか多いからそれでお金使ってるし」


「そうなんだ」


「渡くんの家族はどう?」


「うちはまぁ、ケチだからな。行くとしても近場の旅行かな」


だから僕にとっては、りんご狩りで、リンゴを食うためだけに、青森まで、しかも日帰りで来るなんて想像の範囲外だ。


しかも、この時期の青森は寒い。まぁ11月だからな。厚着をしてきてよかった。


諒花も厚着をしていて、ミルク色のマフラーに、白いニットの上にモフモフの毛糸が着いた黒いダウンジャケットを羽織っている。ボトムスはネイビー色のロングスカートだ。


冬スタイルの諒花は、大人っぽく、上品で、ギャルJKというのを感じさせないようなそんなまた一味違った印象を受ける。


「いや~、しっかし、何度来ても青森は土地広くて、リンゴ園も広いなぁ」


「ほんとにすごいね、この中にリンゴ何個あるんだろう」


「何千個かな?もっとあるかも。りんごパラダイスだね」


「諒花はりんご好きなの?」


「うん好きだよ」


「渡くんは?」


「僕もまぁ好きだけど特別好きってことは無いかなあ」


 「ほぉう?でもね、ここのりんごはマジで美味いよ!特別だからね」


と諒花は自信満々にそう言った。


僕らは、早速、りんごを採りにいった。


「せっかくだし、食レポしてみようよ!」


「えぇ!?」


「とりあえず、この木がさんふじで、この木がシナノゴールド、よいしょっと」


諒花は、木を指さしたあと、りんごの実を掴んで、採った。


「はい、やってみ」


そう言って、僕にりんごの実を渡してくる。食レポをしろということだろう。


「えぇ!?いきなり言われても」


「じゃあ、ウチが見本やったげる」


「このさんふじは、甘みと酸味のどちらも強くそして、最高でちょうどいい塩梅で、ジューシーな芳醇な甘さが特徴ですね。そしてこっちのシナノゴールドは、少し酸味が強いけどそれでもちゃんと甘くて、さわやかなで、歯ごたえもあるフレッシュなりんごですね!」


「おお~」


完璧な食レポだった。


「じゃあ、渡くんやってみて」


あの最強な食レポを見せられて、他に言うことがあるだろうか...もっとやりずらくなってしまった気がする。


「えぇーっと、さんふじは、ちょうどいいと言うか予想通りで親しみやすい味というか、Theりんごって味で、シナノゴールドは、ちょっと柑橘系に近いというか、変わり種のりんごで面白いですね」


「あはは、そんな感じそんな感じ!」


「よしっ、じゃあ次はあっちの別の品種のリンゴ食べに行こ!」


諒花がそう言った時だった。


「ちょい、ちょっといい?二人ともりんごの説明聞いてかないかい?」


「あっおじさん!」


どうやらこのりんご園を運営し、いつも誘ってくれる諒花の親戚のおじさんが話しかけに来たようだった。


「説明と言っても、苦労話にはなるんだけどね。ここの後継が居ないんだよ。それこそ君たちみたいな若者がいればいいんだけどね」


「あれ?おじさん子供いなかったっけ」


「いないいない。君たちくらいだよ、だから...狙ってるんだ」


「「えぇ!?」」


僕達は声を揃えた。


「あはは...冗談だよ冗談」


まぁ流石にそうだよな。


「た、大変ですね」


僕はそう言った。


「あぁ、大変さ。でも、それだけじゃない。今年は台風の被害もあって、何本からぱぁになっちゃったんだ」


台風の風で、りんごの実が落ちてしまえば、その実はジュースなどの用途に使うらしい。しかし、それは実が熟していればの話。塾していない早い段階で台風が来て、その実が落ちてしまえば、捨てることになるという。


「それでも何とかこれまで続けてこれた。何とか。でも時代の流れには逆らえない。後継が居ないのなら、いつかはこのりんご園も終わるんだろうな。ただ、ワシがぶっ倒れるまでは続けたいと思ってる」


そう語る彼の目は、とてもギラギラとしていた。


「まぁ何が言いたいかって、そん中でも、特別な最高のりんごが出来たから思う存分、食べてくれいって事よ」


「感謝して食べます」


「そうだね」


僕は噛み締めるようにそう言った。諒花も頷いた。


そうだ。永遠なんてない。人の世に時間という概念が存在する限り、人は何かを失い、そして何かを得る。そのような時の移ろいを感じる時に、人は寂しくなる。戻りたいなって思う。でも時は戻せない。時間には逆らえず、それに適応していくしか、生きる道は無い。


僕はまだ食べきっていなかったりんごを噛み締める。


食べたりんごはもう戻ってこない。甘さは一時のものだ。変わりゆくものは、もの悲しいと思う。変わらなければ、ずっと続けば安心できるのに。僕は、この甘さだけをずっと味わっていたいのに。


「りんご違うの食べに行こ?」


諒花がそう言った。


そして、違うりんごを採るために歩き始めた。


でも、このように前へ進めば、新しい味が待っているのかもしれない。

変わることでしか得られない甘みがあるはずだ。そこには必ず酸味も伴うけれど。


「よいしょっと」


諒花は、トキと王林のりんごを取って、齧った。


「うーん、美味しい!」


諒花は、とても美味しそうにして、興奮しながらよくほうばる。


「渡くんも、食べたら?」


「うん」

僕も、木からりんごを採った。


この積む感覚がたまらない。積む瞬間の興奮。そして、丸かじり。


ありがとう。


あの話を聞いたからか、このりんごは、諒花の親戚の子供のように思えて、僕は自然と心の中でそう呟いた。


「どう?美味しい?」


「うん、美味しい」


この甘さを享受できているうちは、実感している内は、負の感情には苛まれなかったし、ほかの事を感じる必要はないのかもしれない。


「よかった!じゃあ次は、ジョナゴールドと紅玉食べに行こうよ!」


「う、うん」


「す、酸っぱァ!」


「いや、美味しくない?」


「さ、さすが梅干し好き...」


僕はそうツッコミを入れて、諒花と笑いあった。


最後に食べた、ジョナゴールドと紅玉は、他のりんごよりも酸味が強かった。でも、決してまずいわけじゃない。その酸味は、さっぱりと強烈であるが、しっかりとした味ではあった。自然のエネルギーを全面に受けたフレッシュで弾けるような酸味は、僕に刺激が強かったのだ。人生は、甘みだけじゃない。色んな味を、感じながら人は成長するのだ。だから甘みも酸味も僕には必要だった。


でもいずれこのりんごたちも、腐り、渋みが出てくる。そんな時間は、必ずやってくる。


だから僕はその前に全て食べ尽くしたかったけど、それは僕一人の力じゃ無理だった。

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