第二十一話 夏祭り2

千本くじ(糸引きくじ)をし終えた僕らは、もうすぐ始まる花火をいい場所で見るために、移動している最中だった。


「人ほんと多いね...」

思わず、僕はそう呟く。

出店が両端に並んだ道はもう人だかりでぎゅうぎゅう詰めだった。


「ほんとにね。出店を見ながら移動したいのに見れないね」


「じゃあなるべく見れるように端よろうか」


「うん!そうしよっ!」


端に寄っていき、出店に近づくと、おもちゃや変な絵、壺などを売っている独特な店主が声を掛けてきて、僕達は足を止めた。その店主はロン毛で浅黒く日に焼けていて、夜なのにサングラスをかけていた。


「どうだい?面白い商品ばっかだろ?この絵とかこの壺とかこの人形とか破格だぜ?買わないか?」


「うーん、、ウチはいいかな...渡くんは?」


「絵や壺や人形はいらないけどあのカラフルなけん玉は欲しいかも」


「ちっ...安っぽいなぁ このけん玉かい?1500円だよ」


不機嫌そうに男はそう言った。気にせず僕はけん玉を買い、僕らは再び歩き始めた。


「けん玉やるの?」


「たまーに暇な時にやるかなぁ」


「へぇ、上手いの?」


「まあ、とめけんならできるかな」


「とめけんって?」


「あの棒に刺すやつって言ったらわかるかな?」


「あー、あれね!」────「ちょっと待って」

彼女は何かを見つけたように立ち止まった。


「あそこに、凄いかき氷ある」


古賀さんの目線の先を追うと、レインボーかき氷という暖簾の屋台が見えた。


「レインボーかき氷?」


「あれ食べたい!」


「じゃあ買おっか。今ならまだ花火間に合うし...」


「うんっ!あ、痛っ!」


古賀さんがそう声を上げ、うずくまる。

どうやら、かき氷屋へ移動しようとした時、他の人とぶつかってしまったようだ。この人混みの中だから、いつこのようなことが起きてもおかしくなかった。


「す、すみません!大丈夫ですか?」


「あっ、、大丈夫ですよ」


古賀さんは、言いつつも、足の方を気にしていた。下駄の紐は切れてしまっていたし、足の甲は赤くなっていた。ぶつかったというより、足を踏まれたということが分かった。


「古賀さん、それで歩くのは無理そうだから肩貸すから、座れるところまで行こう」


僕は、そう言って古賀さんの肩を担いで、大きな街路樹の丸い花壇まで向かうことにした。この辺りにはベンチが無く、あったとしてもこれだけ人がいるのできっと座られている。古賀さんを座らせるにはそこしかないと思った。


「ごめんね」

その街路樹へ向かう中、古賀さんがそう呟いた。

「ウチのせいで、いい場所で花火見られなくなっちゃうかもしれない」


「古賀さんのせいじゃないよ」


僕は、そう言うことしか出来なかった。



数十分歩き、僕達は街路樹にたどり着いた。僕は、古賀さんをゆっくりと街路樹の花壇に座らせた。街路樹に着いた時には、もう花火が始まる寸前になっていた。


「ふぅ...やっとついた。いてて」


「足は、どう?大丈夫?」


「踏まれた感触が残っててまだヒリヒリするけど、少し休めば歩けるかな。問題は下駄だと思う」


古賀さんの下駄は、前坪まえつぼと呼ばれる場所が取れてしまっていた。


花火まではもう時間が無い。いい場所で見たかったけど、古賀さんはまだ歩けないし、もう諦めるしかない。


いや、一つ方法はあった。


それは僕が古賀さんをおんぶして行くことだ。やれるかは分からないけど、それしか他に方法は無いと思った。


「古賀さん、おんぶで行こう」


「え?」


「足が大丈夫になったら、僕がおんぶして移動するよ」


「だ、大丈夫なの?」


「う、うん多分」


「じゃあ、今もう行こう!時間ないし、足もほぼ治ったから」


「OK!」


古賀さんは立ち上がり、僕は背中を向けて屈む、そして、古賀さんの手が僕の方にかかり、僕は足に力を入れて、腰を一気に上げた!


「よいしょっううっ」


しかし上げきれなかった。

膝を伸ばそうとした瞬間、僕の非力な身体は古賀さんの体重を支えきれず、挫けてしまった。

決して、断じて、古賀さんが重いわけじゃない。僕が非力すぎたのだ。

「だ、大丈夫!?渡くん!!!」


「だ、大丈夫、、でもごめん、僕が力無さすぎて持ち上げられそうにないや...」


「いいよ、謝らないで。ここで見よう花火」


そうやって言う古賀さんの顔は、僕には、悲しんでいるような、哀れんでいるような、呆れているような、悲哀と冷笑の表情で、冷たい目をしているように見えた。きっと、古賀さんはこの花火をいい場所で見ることをとても楽しみにしていたんだ。僕がおんぶ出来ていれば。そう考えると悔しかった。


僕にもっと筋力があれば、頼りがいがあれば、と何度も後悔する。僕は、結局古賀さんに何もしてあげることは出来ず、ただただ貰うことしか出来ないのかもしれない。そうだったら、僕は古賀さんとは不釣り合いだ。古賀さんにはもっと相応しい相手がいる。そうやって唯一の味方である自分すらを僕は責めた。


「ごめん、、ちょっと、飲み物買ってくる」


「ちょっと、渡くん!!!」


僕は、彼女の視線に耐えられなくて、逃げた。屋台を駆け巡った。最低だ。逃げるなんて。彼女を一人にするなんて。自分勝手にも程がある。でも、今はこうするしかない。僕は弱かったんだ。


何処までの屋台に来たか分からない。


小さな花火が、少しずつ上がっていく。花火はもう始まったみたいだった。


近くの屋台を見ると、レインボーかき氷の暖簾を見つけた。


「レインボーかき氷ひとつ下さい」


何の解決にもならない。そして逃げた行為は消えないけど、せめてもの慰めに、かき氷を買った。それは、ただ冷たい視線から逃げるために、ご機嫌取りをしようとしただけなのかもしれない。


僕の手は、熱く、かき氷を溶かしていった。


そのかき氷は、街路樹に着いた時には、だいぶ溶けてしまった。


「ごめん古賀さん、、、かき氷溶けちゃった」

僕は、古賀さんに力なくそう言った。


「渡くん!!!」


古賀さんに会うやいなや、古賀さんは抱きついてきた。


僕は信じられず、目を大きく見開いた。


古賀さんを一人にして、普通はぶたれるか、帰られていてもおかしくは無いと思っていたからだ。


「なんで、一人で行っちゃったの?私、寂しかったよ...」


「ごめん、、、、ほんとにごめん」


ゆっくりと、抱き剥がれると、古賀さんはさっきのテンションと打って変わって喜んだ。


「あ、これかき氷。やったー!」


「うん、少し溶けてるけど」


「渡くんさ、ウチのこと、避けたでしょ?」

古賀さんはかき氷を食べながらそうやって膨れたように聞いてくる。


「う、うん、ごめん」


「なんで逃げたの?」


「そ、それは、古賀さんに助けられてばかりで僕は何も出来なくて、負い目を感じて」


「はぁ、渡くん、ウチ、何度も君に助けられてるよ?君は気づいてないかもだけど」


助けたことあったっけ。


でもそう言って貰えて、安心して僕は気が抜けたように尻もちを着いた。


「よかったそれなら」


その弾みで、おばちゃんから貰った千本くじの紐がでてきた。


「そ、そうだ!これだ!」


「え?」


僕は、そこで閃いた。これを使って下駄の前坪の部分を直せるかもしれないと。


「これで直してみるよ、下駄」


そう言って僕は、下駄を直していく。やり方は、スマホで検索した。プラモデル作りで培った器用さがここで活きた。紐を上手く結んで見事に下駄を治すことが出来たのだ。


「す、すごい!凄いよ渡くん!」


「いや、それほどでも...」


「それほどじゃないよ、また私を助けてくれたんだよ?いつもありがとう」


古賀さんは、胸に手を当てながら温かみのある声でそう言った。



僕達は、いい場所で花火を見ていた。


花火が一つ一つ打ち上がる度に、大きな音がして、その音と比例して歓声が上がる。


その一つ一つの音が、僕らの胸を打つ。


真っ黒の夜空に浮かぶ、鮮やかな花弁は、僕らの心を照らす。


そして、一際大きな花火が打ち上がろうとした瞬間、隣にいた僕の最強彼女、古賀 諒花は、耳打ちした。


「私の事、諒花って呼んで欲しい」


その声の後、花火のドーンという音が胸の奥に響き、僕と古賀さんの顔が綺麗な光に照らされた。


「わ、分かった、りり、りりり

りりりりりりり諒花」


くっ、くそ、ニワトリの真似の次は、りりりりと鳴り止まないうるさい目覚まし時計かよ。


「これからもよろしくね、渡くん」


僕は、初めて、その時、頬を全体を桃色に染めた彼女を見た。


僕にとって最強の存在である、古賀 諒花が、照れながら、目線を逸らして、恥ずかしそうにそう言っていた。


その彼女は、僕が今まで見た中で一番最強の可愛さを誇っていた。

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