第十二話 映画館デートと古賀さんの過去

「ごめん、少し遅れた!」

僕は、息を切らしながら、膝に手をついてそう言い、鼻で大きく呼吸するとキャラメルポップコーンの甘い匂いがした。

「時間ほぼピッタリだし大丈夫だよ」

と言う古賀さん。確かに待ち合わせ時間の2.3分遅かっただけだけど。待たせていたのは事実だ。


「今日は何かあったの?」


「いや、昨日、最終話でどうしてもリアタイで見たいアニメがあって寝るの遅くなって、、、ごめん」


「アハハ、そうなんだ。全然気にしなくていいよ。リアタイで見たい気持ちわかるし」


古賀さんは今日も最強に優しい。この気遣いが彼女の最強たるひとつの所以ゆえんだ。


「それよりも、行こう?もう始まっちゃうよ」


「う、うん」


そう言って、僕らはキャラメルポップコーンとメロンソーダを買い、劇場へと向かった。僕は、そこでやっと古賀さんの今日の私服を見た。Tシャツの上からクロシェ風ニットベストを着て、ボトムスは青いジーンズでラフなボーイッシュスタイルだった。


今日は休日で、古賀さんと映画デートをする日だった。


見る映画は、二人で話して決めた(ほとんど古賀さんの意見で決めた)結果、日本の大人気ゲームを実写化した今一番人気のホラーアクション映画、ガッコハザードを見ることにした。


ストーリーのあらすじは、学校の地下で研究されていた生物兵器が抜け出し、地上に現れ、学校の生徒たちを襲うというパニックホラーである。


「ウチ、ゲーム1.2.3全部持っててファンなんだよね~」


「僕も、3ならやった事あるかな。面白いよね」


「うんうん、あっ始まるよ」


古賀さんがそう言った通りに、映画のコマーシャルは終わり、画面は真っ暗になった。


映画が始まる瞬間は、いつでもドキドキする。でも、ドキドキは、いつも以上だった。隣に好きな人がいるだけで、こんなに違うものかと思い、意識すると、さっき買ったキャラメル味のポップコーンとメロンソーダがよく進むのであった。


ガッコハザードはあらすじ通り、パニックホラー映画であり、過激なグロテスクシーンも含まれていた。そういうシーンが来た時に、劇場内はキャーなどの悲鳴も上がっていた。僕はその時の古賀さんの表情を見たが、少し苦い表情をして、直視を避けるように顔に手を当てていて、少し可愛かった。映画のラストでは主人公が、仲間を失いながらも、黒幕と強敵な生物兵器を倒し、めでたしめでたしな終わり方だった。



映画が終わり、僕達は感想を述べながら映画館のゲートを歩いていた。


「いやー、迫力あってよかったね!ガッコハザード!」


「そうだね。主人公、格好よかったよ」


「分かる。主人公を自分と重ねちゃったなぁ」


と、古賀さんは言うが、映画の主人公と古賀さんは僕にとっては正反対に見えた。というのは、ガッコハザードの女性主人公、花子は、メガネで三つ編みのガリ勉のような見た目で、クラスの学級委員をやっているという設定だ。見るからに弱そうだが、戦いの中で強くなっていくという設定で最終的には最強になるので、あながち古賀さんが自分と重ねてもおかしくは無いのかもしれないけど。


「印象に残ってるシーンとかはある?」


と僕は古賀さんに聞いた。


「うーん、やっぱり戦闘シーンよりも、日常パートのシーンで、花子がクラスのみんなから慕われず葛藤するシーンかな」


「へぇ、あのシーンなんだ。意外だね」


「ウチも昔、中学で学級委員やっててまとめられない事があったからその時のこと思い出してさ」


「そうだったんだ」

古賀さんが中学の頃も学級委員やっているのは知らなかった。高校でも生徒会長やってるし、やっぱり元からリーダー気質なんだろう。でもまとめられなかったというのは意外だ。


「渡くんは、どのシーン?」


「やっぱり最後の、人体模型風の生物兵器と戦うところかな!」


「あぁ~あれは確かに痺れたね!」


この後僕らは、なお映画を語り合いながら別れた。今日は、映画も楽しかったし、古賀さんの過去を少し知れて良い一日になった。



<古賀 諒花 過去回想>


あれは、高校受験を控えた中学3年生の時だった。


私は、クラスの学級委員をやっていて、クラスをまとめる立場にあった。


あの時の私は、余裕が無かった。クラスをまとめないとといけない責任感に押し潰されて、他の生徒たちに自分の考えを強要して、半ば強引に自分の言う通りに従わせていたのだ。


だから、当然、周りの生徒からは反発の声が出た。


『古賀さんって、自分はやらない癖に、人に物を言う時だけ偉そうだよね』

『古賀さんは自分の考えばかり押付けて、それが正しいと思ってる正義マンだよね。』

『結局あの子って、先生によく思われたいだけじゃん。』

その声は、いずれ陰口や悪口へと発展していき、私はその陰口を聞くことが多くなった。

そして私はいつの間にかクラスの中で浮いた存在となってしまった。それでも、私は私を変えることは出来なかった。頑固で凝り固まった性格と、ネガティブ思考で、どんどんと深みにハマっていく。本当は心ではみんなのことを大切に思っているのに、キツく当たってしまう。そんな不器用すぎる私に、本当に嫌気がさしていた。


自分では全力でみんなのために頑張っているのに、みんなにそれを批判され、もう、生きるのがどうでもよくなってきた。


深夜に私は、親に内緒でよく出かけることが多くなった。それは、縛り付けられた日常、いや、自ら縛ってしまう生活へのどうにかしての反抗の意味が含まれていた。深夜に、コンビニに立ち寄り、本を立ち読みしたり、お菓子を買って食べたりする。そのような事が習慣化していった。


ある日の事だった。


その日も、コンビニに行って、本を立ち読みするつもりだった。深夜3時を回っていて、少し眠気眼になりながら、近所のコンビニに着いて、フラフラと本のコーナーへ行く、その時にガラの悪い男三人組とぶつかってしまった。


「おうおう、お嬢ちゃん、ちゃんと前見ねぇと痛てぇだろぉ?」


「なぁーに見てんだごら、謝りもしないであぁん?なんか言ったらどうだ」


「ご、ごめんなさ...」


私は怖くて、声が震えて出なかった。何故、私がこんな目ばかりと、自分の不幸を心の中で呪っていた。

これからの未来、私はこんな不幸ばかりが訪れるのではないか。そう考えると、本当に生きるのが怖いと思った。


「てか、お嬢ちゃんこんな深夜になにしてんの?俺らと一緒に遊ぶ?」


「ぶつかって謝りもしねぇんだから、何か落とし前つけてもらわねぇとなぁ」


「へへっお嬢ちゃん、ちょっと付き合えよ」


ガラの悪い男の一人が私に掴みかかろうとしたその瞬間、男の手は、パンと弾かれた。


「なっ!」


「アンタら、こんな若い子に手出して何やってんの?みっともねぇ〜、失せな」


私を助けてくれたのは、ジャージ姿の金髪女性だった。そのなびく金髪が光を反射して、私には天からの光に見えた。


「ぁんだぁ?てめぇ」


「アタシは通りすがりだけど」


「なら関わってくんじゃねぇ!」


「チッチッ...言い直すけど絡まれてる少女を助ける通りすがり、かな。早く彼女から離れな。離れないとやるよ?」


「上等だごら、こっちは男3人だぞ、ガハァッ!」


男が何かを言い終える前に、倒れた。


「なっー、おい、兄貴!グハッ」


「お前ら、何、女一人にやられてるんだ、コノヤロォ!」


「鈍いなぁ、ったくこれだからロリコンジジイはっ!」


「グッ、ガハアアアッ!」


最後の男が彼女の膝蹴りを食らって倒れた。彼女はバタバタと男たちを倒した。一瞬の出来事だった。


「す、すごい.....」


「大丈夫?怪我はない?」


「は、はい。その、ありがとうございます」


「アンタもさぁ、、若いのにこんな時間に外出歩いちゃダメだよ?コイツらと言ってること一緒で悪いけどさ」


そう彼女は、私に優しさを含んだ注意した。


「す、すみません...」


「アンタ、ちょっと目ぇ見しな」


「えっ」


彼女は突然、そう言って、私の前髪をかき分け、目と目を近づけた。


「その、目はダメだ。もっと見方を変えないと」


「どういうことですか?」


「人は物の見方次第で目の輝きを変えられるってことよ。アンタ何があったか知らないけどさ、その目は何かを諦めてるようなそんな光のない目だ。私はその逆、全部前向きに考えてる。だから、男3人にも立ち向かえた。前向きに絶対なんとかなるってね」


「なるほど...でも、私にはできません」


「できるよ。アタシの目、見てみ。ほら、輝いてるだろ?これを真似すればいいだけなんだよ」


「そうしたとして、何になるんですか?」


「そしたらな、、、アタシみたいにモテる」


「ぷっ、、」


意外な回答に私は笑うしかなかった。


「そんじゃな、もう二度とこんな時間に出歩くんじゃねーぞ!」


無茶苦茶な人だなと思った。でも、そんな彼女の無茶苦茶さに救われた。私も彼女みたいな目の持ち主になりたいなと思った。


その日からだ。


私が彼女の幻想と理想を描き、追いかけながら、前を向いて、努力して、自分の足で進んで、諦めずに、逃げ出さずに、生き始めたのは。

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