第4話
それは、真っ黒な仕立てのいいスーツを着ていた。
白いな手袋をつけ、藤色の傘をさし、立派な腕時計をした男で、俯き加減でじろり、と目線を寄越していた。
目が合うとコツコツと上品な靴音を立ててこちらにやって来る。
「
低く、胸から響く様な声だ。
見上げた身長は、ゆうに2mはある。
男の顔は美しく、それが余計に異質さを増し、俺は一歩後ずさる。
「あの・・・」
即座に男は一歩詰め寄り、傘を差し出してくれた。
「
「え?何で知って・・・」
俺の返事が聞こえ難いのか、腰を曲げて首を下ろし、耳を傾けてくれた。
「私は、ルーシー。ルーシー・ウォン」
じわっと湿っぽい空気に甘い匂いが混ざる。彼の呼気だろうか。
「ルーシーさん・・・あの、最寄駅、いや、タクシーを呼びたいのですが」
ルーシーと名乗った男は、ゆったりとした動作で目を細めた。音を立てそうな長いまつ毛に雨が一粒ついている。
長い指を滑らせて、落ちた髪を耳にかけると、立派な腕時計が街頭に反射して光った。
何か引っ掛かる。
「今夜は諦めてうちに来てください、歩きながら話しましょう」
俺の名前を知っていて、大きな手と、立派な腕時計。
そしてあの隙間の奥にいる。
「あ。あの占い師!」
ご名答。とルーシーの目はにこりとした。
「もっと年配の女性に見えたけど・・・」
ルーシーの背を追って歩くが、足の長さが違いすぎて追いつけない。
「バイトです。おばあさんの制服を着て、現世のバイト」
「現世の?」
「周さん、ここはね狭間なんです。夢と現実の」
「・・・すいません、言っている意味が分からない」
俺は街灯の下にぽかんと口を開け立ち止ってしまう、全く理解も歩く速度も追いつけない。
ルーシーは「あらあら」とでも言いそうな身のこなしで戻り、長い手を俺の肩に回して歩き出す。
「さっきまで、周さんが
そして、夜の遅くに私は
そして今、私達はその狭間で居ます。生活をする所、自宅ですね!そして、今、周さんは私の自宅にお呼ばれしています」
ルーシーにエスコートされ、俺達はマンションの前に止まった。
上にしか伸びることを知らない、まるで街路樹の様なマンションに殆ど隙間はなく、独特の造りをしている。
下の階は店舗、上にいくと住居になっていて、レゴブロックを何個もチグハグに積んだ様にベランダがランダムに突き出し、カラフルに格子が彩られていた。
ぼんやり見上げる俺をルーシーは優しく見下ろす。
「モンスターマンション、なんて呼ばれる建物です。狭間は狭いので上に伸びるしか無いんです」
マンションは縦にも横にも長く、端に上エレベーターが付いていた。それも骨組みだけの四角い鳥籠の様で、昔の彼女と見たヨーロッパの古い映画を思い出す。
ちょうど着いていたそれに2人で乗り込み、腰の高さまでしかない柵を閉じると、ルーシーは13のボタンを押した。
「朝には戻れる?」
俺の疑問にルーシーは傘を畳みながら答えた。
「戻れません。帰ることは出来ますが、周さんはもう戻れないんです」
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