第3話

俺には即死の経験がない。

だから、これがそうかも分からない。


今こうやってツベコベと考えている時間があると言うことは、即、死んだ訳ではないのかもしれない。


俺は今、明るい花畑にいるのだろうか?

金色に光るトンネルの中をすごい早さで飛んでいるのか?暗い道がひたすら続いているのか?


痛みも息苦しさもなく、寒い。

何故か意識がクリアになってきたが、死んでも意識ははっきりするものなんだろうか。

生臭い?あの占いのテントがあった狭間はざまで嗅いだ、油臭さにより鮮度の高い生臭さが混ざっている。


「・・・」試しに目を開けてみる。


真っ暗だ。と、いうより真夜中だ。

ゆっくり上半身を起こして目を細めると、大通りは幾分か静かになっていた。ネオンの光にパトカーの赤色灯が混ざり、反射的に「逃げないと」と思って俺は立ち上がった。

「?」

体に違和感が無いことに違和感を感じ、両手を見つめる。


確か俺は、銃で眉間を撃たれなかったか?


額に触れようと腕を上げると、スーツのジャケットがぐっしょりと重く、よろけた足元にに躓いた。


「う・・・・ぅわぁ!!」掠れた悲鳴が喉を引っ掻く。


足元に絡んでいたのは真谷子まやこだった。

確認しなくても息が無いことは同然で、真夜中に溶けるような黒く深みを増した液溜まり中で、じぃっっとうつ伏せたままだ。


「落ち着け!」


俺は動転しながら必死に深呼吸し、後ずさりながら背後を確認する。

テントがあった時は何も無い様に見えていたが、奥に通路が続いていて、抜けた先が仄かに明るくなっていて、慌ててそっちに向かって走った。


「!」


抜けると、そこは車一台がようやく走れる程の道路で、大通りとは真逆の住宅街だった。

さっきまで降っていなかった雨がしとしとと、地面と空気をじめつかせている。嫌な降り方だ。

アパートが道の両端にびっちりと並び、雨を避けるように手を掲げて見上げると、アパートの窓にかかった格子から格子に紐が渡っていて、昔見たガイドブックの香港の住宅街を思い出した。

「帰らなきゃ・・・」

鞄がない、革靴も片方何処かに落としている。

幸い、スマホがスラックスのポケットに入っていたが、終電は既に逃した時間だった。来た道を振り返るが、大通りに出るにはもう一度、真谷子の現実と向き合わないといけない。

真谷子・・・慌てて血を吸ってでぐっしょりと重いブレザーを脱ぎ、叩きつけるように道路に捨てて、靴を履いた方の足で端に追いやった。

今は真冬のはずだが、ここはじとじとと暖かい。


「ここ、どこ?」


仄暗く狭く、辺りは鬱屈として灰色に見えた。

マンションの住人は寝静まっているのか気配もなく、高い建物に囲まれて見えた空は真夜中。

雨のせいか星も月もない。

歩き出すと、ぽつっ、ぽつっ、と奥まで伸びている白い街灯の下に人影があった。


それは段々とはっきり見えだした。

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