28.没落令嬢、鍵を見せる

 フィンのスープを美味しそうに頬張るクローネを眺めながら、シャルフは参ったように額を押さえていた。


「……つまり君――クローネ・ベルンシュタインは、最初から、そして常にエルザの傍にいたのか」

「はいそのとおりです、シャルフ殿下」


 その容姿も微笑もエルザと変わらない年、どちらかというとエルザより幼くさえ見える少女なのに、実は本物の魔女――そう聞かされ、さすがのシャルフも脳の処理が追い付かなかった。それでもってフィンを見遣って「……お前はいつ知った?」と訊くと「殿下が身の回りの世話にと侍女ロミーをつけたときです」などと返ってくるのだから、自分とフィンの頭の出来の差を見せつけられたような気持ちにもなる。


「クヴァルツ家はアウレウス教信仰ですので、私は琥珀石が埋め込まれた金環をつけております。ですから、私には最初からクローネ殿が見えておりました」


 シャルフはクローネが身に着けたばかりの琥珀石の首飾りに視線をやる。今やシュタイン王国で採掘されることもなければ出回ることもない琥珀石、それがクローネを見る“鍵”らしい。


「私にはクローネ殿がエルザ殿の侍女かなにかに見えましたが、そのわりには紅茶やら菓子やらを準備するのは全てエルザ殿でした。何やら妙だと思っておりましたが、殿下はエルザ殿を宮殿に迎えるにあたりクローネ殿の存在に言及しませんでしたし、クローネ殿を差し置いて身の回りの世話に侍女をお探しになりました。ということはクローネ殿は殿下には見えていない、つまりはあれが噂のベルンシュタインの魔女かと確信したわけです」


 フィンによれば、クヴァルツ家の伝承に『ベルンシュタインの魔女』があるらしい。その魔女は数百年の時を生きており、魔女自身か彼女を見る者いずれかが琥珀石を身に着けていなければ見えないとされていた。


「私には予備知識がありましたので、そうお気に病まず」

「別に気に病んでなどいない。……エルザは自分を“魔女”と名乗らなかったか?」

「クリスタル家の魔女と呼ばれていたのは私よ。幼い頃は人目を気にせずクローネと話していたから、誰もいないところで喋る子って薄気味悪い目で見られてそう呼ばれたのよ」


 ね、と頷き合う2人に、シャルフのこめかみに青筋が浮かんだ。まるで言葉巧みに騙された気分だ。


「本物の“魔女”は私です、シャルフ殿下。ご説明したように琥珀石がなければ人間に認識されることはありませんし、こう見えて少女ではございません。ですから、かのクローヴィス殿下とも面識がありますよ。そういえば、シャルフ殿下の見せる表情はたまにクローヴィス殿下に瓜二つです」


 老婆に刺されかけたのが王族だったからかクローヴィス王に似ていたのかどちらだったのか、その答えがいまシャルフにとって明らかになった。どうでもいい話だが。


「……それで、魔女というのは何だ。幽霊か」

「そうですね、そう言われても間違いないかもしれません」


 幽霊呼ばわりされたクローネは、指を顎にあててうーんと可愛らしく考え込む。


「アウレウスの始祖が加護を与えた女性――フライハイト・ベルンシュタインが私の母に当たります。おそらく母と私達姉妹は加護の力が強すぎたのでしょう、死後、加護を持って生まれたベルンシュタイン一族と共にある者として生を受けるようになりました」

「……君はエルザと生涯を共にするのか?」

「私はそうですね。エルザ様と共に生き、エルザ様がお亡くなりになるときに眠りにつきます。私の役目はエルザ様をお守りすることですので」

「……つまり君はエルザを守り神のようなものだと」

「みたいなものですね。私がお傍にいる限りエルザ様の魔力が切れることはございませんし、大抵の黒魔術も跳ね返します。心強いでしょう」


 ふふん、と自慢げに胸を叩かれ、シャルフは皺の寄った眉間を押さえた。


「……白水の宮殿でエルザが盗賊に襲われていたとき、君もいたのか」

「あ、その節はどうもありがとうございました!」

「クローネはちゃんとお礼を言ったわよ。聞こえなかったでしょうけれど」

「そういう話はしていない。危なかったじゃないかと言っている」

「私、物理攻撃には弱いのです。おそらく、あの盗賊は琥珀石を持っていたのでしょう、うっかり殴り飛ばされてしまいました」


 エルザは、残り物をかきあつめて飾ったかのような腕を思い出す。見たときから危惧していたが、盗賊にはクローネが見えていたことで確信に変わった。きっと略奪したハンナの装飾品の中に琥珀石が混ざっていたに違いない。


「本当は私も盗賊の一人や二人相手にあんなことにならないのよ。でも素性がバレるわけにはいかなかったから躊躇ってたの。そうしているうちに頭を強く打ってしまって」

「……あのとき、俺はエルザしか連れて帰らなかったが、君は自力で帰ってきたということか」

「シャルフ殿下がエルザ様を連れ帰ったときには一緒でした。殿下がエルザ様を着替えさせる様子は見ておりましたよ」


 クローネは他意なくただその日の報告をしただけだったが、エルザもシャルフも固まった。例によってフィンは興味なさげに聞いているだけだった。


「私がエルザ様を着替えさせることはもちろん可能だったのですが、シャルフ殿下の前で服が宙に浮いてもおかしいでしょう?」

「……そういう話はしていない。本当に常に傍にいたというわけだな」

「はい。先日フィン様の部屋から帰った後、シャルフ殿下がエルザ様に口づけをなさるときもしっかりと」

「クローネ」


 クローネはエルザのためにシャルフに揺さぶりをかけたつもりで、現にシャルフは珍しく視線を泳がせたが、エルザにそんなことを確認する余裕はない。そのことには触れるなと咳払いした。


「とにかく……、その、シャルフ様に隠し事をしようとしたわけではなくて。話すタイミングがなかったというか……説明するとややこしいからあえて話さなかったというか」

「……もういい。よく分かった」


 シャルフはもう一度額を押さえた。今はクローネ自身が琥珀石の首飾りを身に着けているから見えているものの、日頃はその姿を現認できない。しかし高確率、いや九割九分九厘の確率でしれっとエルザの近くにいる。エルザの身の安全が確保されるのは何よりだが、シャルフにとってはいささか厄介な面もある……。

 にこにこと無邪気な笑みを浮かべるクローネに、シャルフはもう一度視線を遣った。


「……夜は席を外してくれ」

「はい!」

「もうその夜が明けるわよ。私って数時間後には処刑されるんでしょ?」


 力強く返事をするクローネを無視し、エルザは器を置いて立ち上がる。フィンの作ってくれたスープを食べてようやく頭が冷静さを取り戻した。


「夜が明ける前に出ましょう、クローネ。殿下、報酬は日割りで構いませんので、お待ちしております」

「……こんな状況で君を帰すと思うのか?」


 怪訝とおりこして心外そうな顔を向けられたが、エルザはアメティスト軍務卿補佐の独断とはいえ罪人。いつまでも第四王子の寝室にいるわけにはいかないと気遣っているのにそんなことを言われるなんて、エルザのほうが心外だ。


「シャルフ様も言ったじゃないですか、朝にはアメティスト軍務卿補佐が正式な令状を持ってくるだろうって。私はハンナお姉様の無実が世間に知らされるまで死にたくありません」

「そのことなら心配ない。アメティスト軍務卿補佐の件については――そうだな、昼には片が付く」


 クローネから首飾りを返してもらおうとしていたエルザだったが、その観測を聞いて手を止めた。


「……どういうことですか?」

「そのままの意味だ。この俺を嵌めようとするなど百年早い」


 既に王であるかのような貫禄を称えながら、シャルフはその口に笑みを佩いた。


「成り上がりで礼を弁えぬ貴族には、少しばかり恥をかいてもらおう」

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