13.没落令嬢、恋に落ちる

「……そうよ」


 観念して白状すれば、クローネが心配するように「エルザ様」と口にする。でもこの王子に隠し事など、下手にしていると無用な疑いを持たれそうだ。

 ただ、心配事はあった。エルザが“魔女”だと知って、この王子はどんな反応をするのか。

 かつてエルザを指差して笑った領民たちのように、“魔女”を非難しないか?


「そうか。で?」

「……はい?」


 しかし、シャルフは何か急かすように促すだけだ。


「で、って……なんですか?」

「そのままの意味だよ。クリスタル家で魔女と呼ばれていたのは君。で?」

「……いえ、それだけ……ですが……」


 チッとシャルフは舌打ちし、エルザは呆気にとられる。いま自分は舌打ちをされたのか?


「陛下の魔術を解くだの、首謀者を見通すだのの魔術は使えないのか?」

「あ、あー……そういう意味、ですか……」

「他に君が魔女かと訊ねる理由があるか?」

「……いえ」


 あの領民たちがエルザを“魔女”と呼んだのはただ気持ちが悪かったから、それだけだ。

 対してシャルフがエルザに“魔女”かと訊ねるのは、自分の役に立たないかを知るため。


「……生憎と、魔術と魔法は違いますので。そういった都合のいい魔術は使えません」

「使えないのに何を笑ってるんだ」


 呆れた顔を向けられ、エルザは初めて自分が笑っていることに気が付く。


「……殿下ともあろうお方が魔術と魔法の区別もついていないことに笑ってしまったんですよ」

「魔術は修道士の専売特許だろう。王族は魔術耐性と祝福があるだけで火を吹いたり幻術をかけたりできるわけじゃない」


 逆にそんなことも知らないのか、と溜息を吐かれたが、エルザは内心冷や汗をかいていた。いや、冷や汗というか。

 ちょっとときめいたのがバレなくてよかった。

 シャルフは合理主義なだけ、それは分かっている。それでも……。


「逆に、魔女呼ばわりされていた君は何ができる。まさか奇人を理由に魔女呼ばわりされていたわけじゃないだろう?」

「奇……、人なんて心外です」

「相手がぼんくらと有名だろうがなんだろうが、王子に平手打ちを食らわせる女は奇人だ。何かできることはないのか。……なんださっきから」


 再び呆れた顔を向けられたが、エルザはもう自分がどんな反応をしてしまっているのか分からなかった。隣のクローネが怪訝そうにエルザを見つめているの然り、情報がろくに頭に入ってこない。


「……なにも。なにもないですが」

「魔女と名乗れば裸足で逃げ出すとでも思ってたのか? 魔女だろうがなんだろうがどうでもいい、生きている人間はどいつもこいつも恐ろしさを孕んでいるものなんだから」

「クローネみたいなことを仰るんですね、殿下――あ、いえ」


 ぼけっとした返事をすると怪訝な顔をされてしまい、エルザはもう一度姿勢を正した。


「……私は……その、火を吹くことはできますが」

「できるのか」


 打って変わってシャルフが唖然とし、エルザは再びもじもじと縮こまった。さっき自分で挙げていた例えではないか。


「……口から吹くわけではありません。多少操るくらいはできます」

「冗談だったんだが、そんな曲芸みたいなことができるとは」

「ただ、えっと……そうです、事件との関係では……魔術の色、とか……」

「色?」


 怪訝そうな反応には静かに頷くしかなかった。


「……魔術というのは……その、端的に向き不向きがあります。才能がなければ扱うことはできず、その才能は血筋に大きく左右されます。その、魔術の起源に遡る話となりますが――」

「ああ、歴史の話はどうでもいい。君が何をできるか教えてくれればそれで」

「……私の魔術は、使うと琥珀色の痕跡が残ります。それは私がベルンシュタインの血を引いているからです」


 最大の機密情報であるはずなのに、ついするっと口から出してしまった。しかしシャルフは眉一つ動かさない。


「残してしまう色は十人十色なので、例えば純然たる琥珀色は私が魔術を使った証拠になります。ベルンシュタインの血は私が最後のはずですし……痕跡を残さない魔術もありますが、色を消し去るのは少々厄介です。あ、とはいえ私は琥珀色と自認していますし今殿下にお伝えしましたが、魔術を使わせなければ何色かは……」

「なるほどね。よく分かった」


 エルザから得た情報を整理するように、シャルフは顎に手を当てる。


「魔術を扱うと痕跡を残してしまい、その痕跡は色として現れ、なおかつ個々人によって異なる。陛下が魔術をかけられたということは、王の間にもその痕跡は残っているはずというわけだな」

「そうです、けど……その色を持っているのが誰なのかという根本的な問題が……」

「君はビアンカ第二王子妃になんて話を聞いた?」

「え? えーと……」


 そういえばさっき、ビアンカの話をちらと口にした。


「王の間を通りかかったとき、第一王子が陛下に駆け寄っていて……陛下は既に操り人形状態で」

「その後だよ」

「……すぐに修道士がやってきて陛下の魔術を解いた、と」

「そう。以来、ビアンカには陛下が元気に戻ったように見えている」


 何が言いたいのか分からず、エルザは首を傾げてしまった。つまりどういうことか。


「つまり、陛下を操り人形状態にするための魔術と、ビアンカ第二王子妃の前でそれを解く魔術の2つが使われたわけだ」

「……ということは痕跡は2つ……」

「であるはずだろう? だが、本当に?」


 ビアンカには魔術耐性がないんだろう――そのことを思い出し、エルザは「あ」と声を上げた。


「ビアンカの前でかけられた魔術は、魔術を解いたものではなく隠ぺいしたもの……?」

「という可能性が高い。さっきも話したけれど、隠ぺい魔術はかなり高度だ。陛下を操り人形状態にしたのも同じ者――ビアンカ第二王子妃のいう“魔術を解いた修道士”は操り人形状態にした魔術をかけた者自身だろう。そしてその修道士のことはビアンカ第二王子妃が見ている、そうだろう?」


 つまりビアンカが首謀者に繋がる修道士を目撃しているも同然。


「そして本来2つあるはずの魔術の痕跡が1つしかなければ、それは動かぬ証拠というやつだ。ようやく、これで道が開けそうだ」


 シャルフが立ち上がり、足下の石がジャラリと音を立てる。艶のある金髪が傾き始めた陽光に燦然さんぜんと輝いた。


「ビアンカ第二王子妃が首謀者周辺の人間を目撃していた、それ自体かなり貴重な情報だし、君が魔術の痕跡とやらを見ることができるのは想定外だった。礼を言うよ、エルザ」


 無駄美貌と散々罵って来た顔に自信たっぷりな笑みを向けられ、エルザは悪態をつくのも忘れ硬直してしまった。


「もともと、王子妃連中が情報源である可能性はあったのだけれど、俺とフィンで聞きだそうものなら疑っていると言うようなものだからね。ビアンカ第二王子妃はともかく、ヴィルヘルミナ第三王子妃は秘密主義でアレクシア第五王子妃は高飛車で面倒くさい。一月後の報酬は上乗せしておこう」


 そろそろ戻るか、と歩き始めてもエルザは立ち止まったままだった。シャルフが胡乱げに振り向くと、エルザは唇を真一文字に引き結んだまま座り込んでいる。もちろん足首まで水に浸かったままだ。


「……君は」


 途端、シャルフは少し苛立ったような、呆れた顔に変わった。


「魔女だと聞いて驚かれなかったのがそんなにショックか?」

「え? あ、いえ、そういうわけでは……」

「魔女だと聞いて恐れおののくようで王族が務まるわけないだろう。魔女だというだけで腰を抜かしてほしいなら第五王子あたりにしておけ、アイツはああ見えて小心者だ」


 日頃憎まれ口をたたいてばかりのシャルフ自分をぎゃふんと言わせたかったんだろうがそうはいかない、そう言われていた気がした。

 が、そんなつもりはない。


「あ、そうですか」


 しかし、そんなことは言えない。


「じゃあ今度は火でも吹いてさしあげますね。まだ少し寒い春の夜ですし、殿下の寝床を火で囲んで温めてさしあげます」

「魔女の儀式かなにかか? 大体、夫婦ならもっといい暖まり方があるとこの間も言っただろう」

「だッ……誰がアンタなんかと同衾どうきんするもんですか!」


 カッとなって怒鳴り返すもはいはいと受け流されてしまい、帰りの馬車の中では王の間に行く口実を話し合わされ、宮殿に戻るといつもどおりに寵姫ちょうきのように扱われ部屋まで送られた。なお、前回毒を盛られてしまった結果、食事を運んできた侍女ロミーの目の前でシャルフ自ら毒見をした。

 シャルフが「今夜は出掛けるから」と自分の夕食だけ素早く食べて出て行った後、エルザはシャルフの食べかけをモソモソと食べ、そのままぼんやりとソファに寝転がっていた。


「……エルザ様」


 その顔を覗き込みながら、クローネは少し興奮気味に拳を握りしめた。


「……恋、ですね!」

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