8.没落令嬢、疑惑を抱く

「しんっじられない、あのぼんくら変態クソ王子!」


 シャルフを帰らせた(追い出した)後、ボフッボフッと枕を叩きつけて暴れるエルザに、クローネは「落ち着いてください、エルザ様」と椅子に座ったまま声をかける。


「その……私が申し上げるのもなんですけれど、仕方がなかったのだと思います。エルザ様はいま王子妃、その夜着が破られたなどと明るみになっては侵入者だと大騒ぎでしょうし……」

「黙って代わりの夜着を持ってこさせれば済んだはずでしょ!? あンのぼんくら王子、絶対何も考えてないのよ! ていうか『大騒ぎになるからこれはマズイ、私が着替えさせよう』とか考えて機転を利かせたつもりになってるに違いないわ! あーっムカつく!」

「あ、でも下心はなかったんだと思いますよ! いつものへらへらした笑みもなく、淡々と着替えさせていらっしゃいましたので!」

「それはそれでムカつくわ! 私の体をなんだと思ってるのよ! っていうかクローネが着替えさせてくれればそれでよかったのに!」


 ボンッと最後にもう一度枕をぶん投げる。その様子を宥めつつ見ているしかできなかったクローネは、肩で息をするエルザに「す、すみませんエルザ様……」ともじもじ謝罪する。


「エルザ様が嫌がることは予想できていたんですが、私もどうしていいか分からず……」

「いやごめんなさい、クローネを責めてるんじゃないわ。というかそうよ、クローネ、貴女はなんともないの? 怪我は?」


 盗賊に思い切り投げ飛ばされてしまったではないか。慌てて枕を放り出して駆け寄ったが、クローネは「大丈夫ですよ、本当にポンッと転がっただけですから」とぶんぶん首を横に振ってみせる。


「本当? 少しでも心配なことがあったら隠さないでよ」

「ありがとうございます、エルザ様。ちょっとびっくりしましたけれど……大丈夫です、たまたま絨毯などが積み重なっていましたので。それより私、シャルフ殿下を見直しましたわ」

「妻のみぐるみを剥いで無表情で着せ替える王子を?」

「エルザ様、そう根に持たず」


 冷ややかな顔になったエルザを、どうどうとクローネは諫める。


「あまり見えていませんでしたけれど、エルザ様を襲おうとした盗賊を一撃で仕留め、颯爽とエルザ様を抱き上げてこの部屋まで連れて帰ってくださったんですよ。恰好良いじゃありませんか」

「クローネは本当に単純ね。盗賊を仕留めたのは偶然でしょ、後ろから近づいて一突きなんて、度胸さえあれば子供でもできるわ」


 本当は、実はシャルフはぼんくらではないのではないかと考えた瞬間もあった。しかし――頭には着替えさせたことを悪びれもしないあの笑顔が浮かぶ――あのぼんくらはやはりただのぼんくらだ。


「ただ、あのぼんくらがなんであんなところにいたのかは気になるわね。あんなところ、肝試しか略奪くらいしか用はないはずなのに……」


 まさかエルザとクローネの後をつけていたわけじゃあるまいし。ドカッと乱暴に椅子に座り込みながら、エルザは腕を組む。


「もしかして、あのぼんくらなりに事件を探ろうとしているのかしら? あの頭じゃろくに考え事もできないでしょうけれど、フィン様がついていればどうにかなるでしょうし」

「ついに王子とも殿下とも呼ばなくなりましたね。でもそうだとしたら心強いですよ、シャルフ殿下が味方ということですもの!」


 確かに味方がほしいと話していたところなのでそれは助かる。しかしあのぼんくらが味方だったところで何の価値もない。


「まあ、シャルフ殿下が味方ということはフィン様も味方かもしれないからね。その意味では価値があるわ」

「エルザ様ったら……」

「シャルフ殿下が事件を探っているとしたら理由は何かしら? 第一王子とシャルフ殿下って仲良かったの?」


 王妃達は互いに仲が良いわけではなく、その息子娘も然り。第一王子とシャルフに限って仲が良かったなんてことがあるだろうか。


「皆さん、事件のことをお話にならないせいで第一王子のお話もされませんものね。でも、ハンナ様がおっしゃってましたよね、第一王子は人徳のある方だと」

「そうね。だから第一王子が一方的に優しくしてて、その恩義があるとかは考えられるわね」


 うーん、と椅子の背にもたれて天井を見上げた後「うん、悩んでも仕方ないわ」とエルザは跳ぶように立ち上がる。


「ビアンカ第二王子妃が何か知っている様子だったわよね。明日、銀朱の宮殿に行って聞いてみましょ。遊びに来てとも言ってくれてたし」

「そうですね、そうしてみましょう」

「……それとクローネ、その……シャルフ殿下には、バレなかったのかしら……?」


 シャルフは、白水の宮殿内でのエルザとクローネの会話を聞いていたのか? エルザがクリスタル家の人間だと気付いたか? いやそれより――。


「大丈夫ですよ、エルザ様」


 ぽん、とクローネは少し子供っぽい動作で胸を叩いてみせた。


「大丈夫でした、何も知られていません」

「……そう。それならよかった」


 盗賊の言動を思い返し不安になったが、相手があのぼんくら王子でよかった。エルザはほっと胸を撫で下ろした。

 次の日、エルザが銀朱の宮殿を訪ねると、侍女達はすぐに応接間に案内してくれた。その侍女達は瑠璃の宮殿の侍女達とは少し違い、全体的に明るいというか快活そうというか、そんな雰囲気だった。仕える主人の性格と似たような者が採用され、また残っていくに違いない。


「来てくれてありがとう、エルザ」

「こちらこそ、招待してくれてありがとう。私もお菓子を持ってきたから、お口に合えばいいのだけれど」


 ビアンカは前回のお茶会帰りと違って元気そうだった。エルザが焼き菓子を差し出せば「あら嬉しい! 早速紅茶を淹れるわね」と王子妃自ら紅茶の用意をしてくれる。庶民的な暮らしが合っているのだ、と話していたとおりだった。


「この間は具合が悪そうだったけれど、もう大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ。せっかくのお茶会を台無しにしてしまってごめんなさいね」


 苦笑いするビアンカに「それならよかった」と微笑みながら、そっとその表情を観察する。前回のお茶会の話が出た途端、少し視線が惑った。

 事件のことを知っているのは間違いない。そうだとして、ビアンカは何を知っている?


「もう宮殿での生活には慣れた?」

「ええ、もうすっかり。皆さんとても親切にしてくださって、ありがたいわ」

「瑠璃の宮殿の方は穏やかな人が多いわよね。シャルフ殿下のお陰かしら」

「……殿下の?」


 あのぼんくらの何のお陰があるというのだ。眉を顰めると「ほら、侍女や使用人はやっぱり主人と性格の合う者ばかりになるでしょ?」とさきほどエルザが抱いた感想と同じことを口にする。


「この間は――あ、悪く言ったように聞こえてたらごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけど。シャルフ殿下って確かに頭も悪いし、武芸に秀でるでもないし、結構本当に王子としてはダメダメなんだけど、とっても穏やかで優しい方でしょ?」

「あー……」


 物は言いようというヤツだ。エルザに言わせれば毒にも薬にもならないぼけーっとした王子だが、逆に言えば威張り散らすわけでも乱暴に振舞うわけでもなくただただニコニコしている。使用人にとっては気楽な主人かもしれない。それでもってあれだけ顔が良ければ、この間の侍女が話すだけで頬を染めてしまったように女性には癒しとなるかもしれない。


「それはまあ……そうね……」

「この間も話したけど、うちのオリヴァー様はユッタ第三妃の言いなりだから。甲斐性のない男よ。まあユッタ第三妃もどうかと思うけどね、いつまでたっても息子離れしないから」

「オリヴァー殿下はユッタ第三妃とよく会っているの? 王妃の部屋ってアンムート宮殿にしかないけれど……」


 いちいち中心となる宮殿にまで会いに行くのは骨では? エルザが首を傾げると、まさしくそれが問題だと言わんばかりにビアンカは「そう。毎日会いに行くのよ」と深く頷く。


「その様子だとシャルフ殿下はそうでもないようね」

「そうね……」


 そもそも昼間何をしているのか知らないのはさておき、シャルフの口から母親の話など聞いたことがない。もちろん、シャルフの母親であるリリー・グラナト第二妃は存命だ。


「特に会いに行く用事もないんでしょうね。リリー第二妃にしっかりしなさいって叱られてもイヤでしょうし」

「ああ、それはそうかもね。知ってる? 陛下がリリー第二妃を妻にと望んだ際、グラナト侯爵はものすごく渋ったそうよ」

「渋った?」


 自分の娘が妃になるのを渋る侯爵がいるのか? 怪訝な顔をすると「そうなの」とビアンカは面白そうに頷いた。


「なんでも、リリー第二妃ってすっごく頭が良くて五ヶ国語は優にお話になるそうよ。あ、もっとだったかしら? いつかアシエ王国に嫁がせようと思って厳しく教育なさったんですって」

「なるほど、それは確かに……」


 シュタイン王国は水も食物それなりに豊かな国だが、国力でいえばアシエ王国が圧倒的に上だ。シュタイン王国からそのアシエ王国の王妃になろうとすると、侯爵家の令嬢でなおかつ群を抜いた教養が必要だろう。


「ま、そんなリリー第二妃だからね、ご令息の頭がとんでもなく悪いとなればビッシビシ叱るに違いないわ。私が息子だったらそんな母親には近づかないもの、シャルフ殿下の気持ちは分かるわね」

「実の母親に対して臆病なんて、目も当てられないわね……」


 民衆から「ここがてんでダメ」と言われるだけある。シャルフに呆れながら、それはそれとして第一王子との関係をどう切り出そうか――とエルザは悩みながら紅茶を口に運んでいたが「陛下も、リリー第二妃がお生まれになったときは大層お喜びになったらしいんだけどね。きっとがっかりしてるでしょうよ」と繋げられそうな話題が出てきた。


「……でも、シャルフ様って第四王子じゃない? お体が弱いシュヴァッヘ殿下は措くとしても王位継承権は3番目。そのシャルフ様が賢いとしてそんな喜ぶようなことかしら?」

「まーうちのオリヴァー様も例外じゃない? なんやかんや言ってユッタ第三妃は貴族出身じゃないし」

「でも第一王子がいたでしょう?」


 お茶会のときと異なり、ビアンカの顔色は変わらなかった。その代わりその表情は一瞬固まり、前回の反省を生かして必死に感情を表に出さないようにしているのが丸わかりだった。

 その隠している感情とは何か? ほんのわずかな表情の動きも見逃さないよう、エルザはじっとビアンカを見つめるが「まあねー……」と紅茶を口に運ぶことで少し顔を隠された。


「第一王子はあれよ、可もなく不可もなくってやつよ。オリヴァー様みたいに血筋の問題はないし、シュヴァッヘ様と違って体も丈夫だった。でも別に頭が良いわけでもないし武に優れていたわけでもないし。あ、顔も普通だったわ」

「第一王子っておいくつだったっけ?」

「今年二十歳だったわ。だからシャルフ殿下とは2歳差……“あれ、第一王子ビミョーだなー”って思い始めたからシャルフ殿下に期待し始めたとかそんな感じなんじゃない? 結局シャルフ殿下のほうがビミョーだったわけだけど」

「ふーん、なるほどねえ」


 前回のお茶会とは打って変わって完全に他人事の口振りだ。この数日間でしっかりと自分を落ち着かせたに違いない。

 さて、どうするか。エルザはお菓子を咀嚼しているふりをして考え込む。でも民衆でさえ第一王子の事件をこぞって噂しているのだ、野次馬のふりをして訊ねればそう怪しまれることはないかもしれない。


「じゃ、第一王子って超有力候補ってほどじゃなかったのね」

「どういう意味?」

「ほら、私って貴族でもなんでもないから平民の酒場でよく噂を聞いてたのよ。そしたら、第一王子が王位を継ぐに違いなかったのになんで弑逆なんて企んだんだってみんな不思議がってて」


 ビアンカの表情は変わらない。なんなら「あーそっか、第一王子を知らないとそう思うわよね」なんてすっとぼけるときた。


「でも今の話を聞いたら納得がいくわ。第一王子って意外と微妙な立ち位置だったのね。それなら陛下が王位継承者を決める前に殺してしまえば、あえて第二王子だの第三王子だのを選ぶ理由はなくなるわよね」

「まあー……ねー……」


 ビアンカらしくない曖昧な頷き方も怪しい。エルザは仕方なく次の手札を切ることにし、先に心の中でハンナに謝罪する――お姉様ごめんなさい。


「それでもって第一王子妃ってクリスタル家の“魔女”だったんでしょ? 第一王子妃が王妃になるために、魔術を使って第一王子と一緒に陛下を弑逆することを企んだって不思議はないわ」


 今度は相槌がなかった。エルザは白々しく「どうしたの?」と首を傾げる。


「……いえ」


 ビアンカの視線が泳ぎ始めた。そして何か決意をするようにぎゅっとその両手を膝の上で握りしめる。


「……それ、城下で流れている噂よね」

「ええ」

「……それ、本当だと思うわ」

「え?」


 エルザもクローネを目を見開いた。

 ビアンカは、お茶会の日と同じどこか青い顔をしている。


「……ここだけの話、私、見たのよ。陛下を……」

「陛下を?」


 第一王子でもハンナでもなくて? エルザは少し混乱してしまった。ハンナは魔術で第一王子を惑わしたという話だったが、一体何の話だ。


「陛下が」


 ゴクリとビアンカがつばを飲み込んだ。その顔からは情熱的で快活な印象など消え失せている。


「陛下が……、操り人形のように、おかしくなっていたのを」

「操り人形のように? おかしく?」


 馬鹿みたいに復唱すると、ビアンカはその光景を思い出して怯えるようにぎゅっと自分の腕を握った。


「……第一王子達が陛下の弑逆を企んだとき……、私、たまたま王の間を通りかかったの。オリヴァー様がユッタ第三妃の部屋からなかなか出てこないからちょっと歩こうと思って」

「それで……人形のようになっている陛下を?」

「……多分第一王子だったと思うんだけど、声が聞こえたの。陛下、って呼びかける声」


 王に呼びかけるその声が少なからず焦っていることに気付き、ビアンカは王の間を覗き込んだ。すると第一王子が玉座の王の両肩を掴み揺さぶっているところだった。そしてそのときの王は、目の焦点が合わず、口をだらりと開け、まるで体だけ玉座に縛り付けられているかのようにぐったりと座り込んでいた。ハンナは、そんな王と第一王子の様子を扉の傍からじっと見ていた。


「扉の外から見た私でさえ何かおかしいと思ったのよ。それを第一王子妃はただじっと見ていた。後から第一王子妃が“魔女”だったって聞いて納得したわ、じゃなきゃあんな陛下を見て冷静でいられるはずがない」


 話を聞いたエルザも混乱し、つい頭を押さえる。ハンナの手によって、王はまるで魂が抜けた操り人形のようになっていた……?


「……でも、その、陛下って……、いまはお元気、よね……?」

「ええ、すぐに修道士が駆けつけて第一王子妃の魔術を解いたお陰でね。でも私が見たものに間違いはないわ。だからあの第一王子妃って本当に魔女だったのよ……」


 違う。ハンナは魔女ではない。それに、エルザだってそんな魔術は使えないし聞いたこともない。

 でもじゃあ誰ならそんな魔術を使えるのかと言われてもエルザには分からない。国軍に同行する修道士が多少魔術を使えると聞いたことがあるが、一国の主を操り人形にできるのか?


「……怖いわよね。百年以上前に滅びた魔女の末裔が宮殿内に入り込んでいたなんて」


 困惑しているエルザを気遣い、ビアンカはカップに紅茶を注ぐ。


「……どうして、この間のお茶会でこの話をしなかったの?」

「……ここだけの話、私、第一王子妃には内通者がいたんじゃないかと思ってるの」


 扉の近くに控える侍女達に聞こえないよう、ビアンカは声を潜める。


「第一王子は陛下の様子に驚いてた。多分第一王子は無実なのよ、第一王子妃が魔女だなんて知らなかった。で、第一王子妃は、いくら魔術を使うって言っても陛下に会わないことにはどうしようもないと思わない? ……きっと第一王子妃は、別の王子と繋がっていたのよ」


 ビアンカは、夏の事件の目的は第一王子の失脚を目論んだもので、第一王子妃と別の王子がくわだてたものだと推理しているらしい。


「私的には、一番怪しくないのがシャルフ殿下なの。第一王子を失脚させたところで、どう見たってアルノルト第五王子のほうが有力株でみんなそっちを推すに決まってる。ていうかこの状況で平民の貴女を王子妃に迎えて確信したの、せっかくなら公爵家の娘を妃にもらったほうがいいのよ、後ろ盾もできるし」


 ビアンカの言うことは一理ある。王子妃が公爵令嬢・侯爵令嬢なら王位が近くなるとまではいえないが、少なくとも姓も持たないド平民を王子妃にしては自身の評価を下げるようなもの。

 エルザは――実態は別として――酒場をクビになった怪しい女だ。対外的にも「外遊中に一目惚れした平民」とされている。もし王位を継ぎたいなら悪手過ぎてぼんくらの見本が行き過ぎている。

 やっぱり白水の宮殿での出来事は偶然か。心を落ち着かせながらエルザが一人頷いていると「それに」とビアンカが続けた。


「第一王子とシャルフ殿下って結構仲良かったのよね」

「え? そうなの?」


 初耳だ。シャルフはエルザに対してオットー第一王子の「オ」の字も口にしないのに。


「たまーに一緒に剣の稽古をしている様子を見かけたわ。稽古をしているって言っても、第一王子が教えてあげてたって感じだけど」

「それ……他の王子、オリヴァー殿下達はしてらっしゃらないの?」

「見たことないわねー、せいぜい宮殿内の武闘大会くらい。一緒に馬を駆っている様子も見たことあるわよ。なんでかしらね、第一王子もシャルフ殿下も同じくらいぼーっとしてるから馬が合ったのかしら」


 うーん……とビアンカは頬杖をつきながらしばらく考え込む。王子同士にしては仲良さげだと思ったけれど、言われてみれば仲が良い特別な理由はないような気もする、そんな様子だった。


「ま、とにかく、そんな感じでシャルフ殿下は怪しくないし、エルザもそうだからこの話してもいっかなって。誰かにしたくてしたくて仕方なかったの。もー、一人で抱えとくには怖くて」


 胸に両手をあて、ビアンカは台詞のとおり心底安堵した息を吐く。


「だからお茶会じゃ絶対こんな話できないのよ。別にアメティスト達は嫌いじゃないけど……怪しくないわけじゃないから」


 そうしてどこか胸のつかえがとれたような明るい表情になったビアンカは、オリヴァー第二王子の愚痴のほか他愛ない世間話をした。その間、エルザは必死に笑みを浮かべて相槌を打ちながら、頭の中でビアンカから聞いた話を整理していた。

 第一王子は何も知らなかったように見えた。ハンナは様子のおかしい王を見ても顔色を変えなかった。王には魔術がかけられていて、修道士がそれを解いた。シャルフは第一王子と仲が良かった。

 そしてエルザ自身が知っている情報――シャルフは昨晩白水の宮殿にいた。


 シャルフは、本当にただのぼんくら王子なのか? エルザの中でもう一度、その疑問が渦巻いた。

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