第二十九話 結び
昼食には本当にお寿司の出前を桶で頼んでいてくれた。
「おとーさんのぶんおいとくよー」
下の姪っ子が仕事している2号店店長の姉夫のお寿司を皿に分け、安心して皆各々好きなネタをほおばる。仕事から帰ってきてお寿司全部食べられちゃってたら、旦那さんかわいそうだもんね。
モグモグモグ…
「んーっ、まぐろおいしーい」
エミちゃんは痩せてるけどよく食べる(前世満足に食べれなかった時の反動か?)
飲食店を営んでいる佐藤家の人間は、よく食べる人が好きだ。好き嫌いのない人間も大好きだ。
すなわち、遠慮なくいっぱい食べてくれるエミちゃんのことがさらに大好きになるのだ!
「よく食べる子はいいわねー」
「エミちゃん、もっと食べて♪」
母と姉は実の息子or弟をほったらかしで、彼女にべったりだ。姪っ子たちも座敷わらしの心を持つエミちゃんに親近感を抱くのか、すぐに打ち解け仲良くなった。
父さんがいてくれてよかった…。
でなきゃ僕自分の実家なのにボッチだよ。
「ごはんの後はお盆の準備しましょうね」
「あ、あれか」
母の言葉に、昔よくやった準備を思い出した。
姉は娘ふたりを連れてスイミングスクールに行き、父は午後から出勤した。
急に家が静かに感じる。
冷蔵庫からきゅうりとナスを取り出すと、割り箸とカッターを用意し母は和室に僕らを集めた。
「エミちゃんも手伝ってくれる?」
「はい、もちろん」
「お盆にご先祖様を送り迎えするように、精霊馬作りましょうね」
スリムなきゅうりは足の早い馬で、ご先祖様を早く迎えに行く。
大きなナスの牛馬は、ご先祖様にゆっくりお帰りいただき、ご先祖様と少しでも長くいたいと願う気持ちが現れている。
「お母さんも来てくれるのかな…わたし先月母が亡くなったばかりなんですよ」
「えっ!そうなの??」
母が僕を見るので、静かにうなずいた。
「父もわたしが14歳の時に亡くなってるので…今日は優樹くんのお家に来て、家族団らんっていうのを体験できて、とてもうれしいです」
健気に笑顔を浮かべるエミちゃんに感情移入し、母は目に涙を浮かべる。この人昔から涙もろい、やさしい母親なのだ。
「まだ17歳でそんな…うちの子たちが17の時はほんとぬくぬくと育ち、優樹はいろいろあったみたいだけど…」
「いろいろ?」
「しっ」
母さん、余計なことは言わなくてよろしい。
「とにかくその年齢でそんな…大変なこともあるでしょう?これからは私やお父さんを実の親だと思ってあまえてちょうだいっ」
「そう言ってもらえてうれしいです、ありがとうございます…」
「お礼なんていいのよ!優樹と結婚したらほんとに親ですものっ。で入籍いつするの?? 結婚式どこがいいかなぁ〜」
「あの、お母さんが結婚式するわけじゃないんで…」
とにかくこの人よくしゃべる。
その姿をみて、エミちゃんは屈託ない笑顔をみせてくれる。
よかったよかった。
こんな母ですが、どうぞよろしく。
精霊馬を作って飾ると、僕は追い出された。
「ここからは女同士でやることがあるの。あんたはトイレ掃除でもやっててちょうだい。汚いトイレだとご先祖様に失礼だわ」
何!?
久しぶりに帰った息子にその言い草ですか母よ!?
…と心の中で言ってはみたものの、佐藤家家訓としてトイレはきれいに金運アップ。男性がやるとなおさら良い、ってなのがあるのでここは素直に従うことにする。
「さぁさぁ、優樹には掃除がんばってもらって、その間にね、エミちゃん。やりたいことがあるの」
「わぁ、なんでしょう」
お母さんは和ダンスから、ゆかたを取り出した。
「きれい…」
木綿のサラサラした生地で、かなり年代物だが大事に手入れされているのがわかる。
生成りの白い色に、藍染めのテッセンの花。
シンプルで、とても上品な印象。
「夏祭りに行く前に、ゆかたに着替えましょう。このゆかたは私の鳥取の実家にあったものでね、私の母のおばあちゃんの妹さんが幼くして亡くなってるそうだけど、その子のために仕立てたものらしいわ。振り袖とゆかたと一点づつ当時の上物を用意したらしいけど…残念ながらね。振り袖はそう着ないけど、ゆかたは毎年夏に着れるでしょう?代々佐藤家の女子が愛用していたらしいわ。これを着ると皆幸せになるっていうジンクスもあって」
「そう…なんですね…」
ミエは六歳までしか生きれなかった。結核を広めないよう、暗い蔵の中で過ごしていた。
わたしの中には、ミエのさみしい、悲しい想いしかなかった。疎外感、孤独感に打ちひしがれていた。
だけど本当は、振り袖やこんな丁寧に作られたゆかたも大人用のサイズで仕立ててくれて。
元気になって、みんな一緒に暮らせるのを待っていてくれたんだ。
ミエを、愛して大事に想っていてくれたんだ。だからこそ、亡くなった後もきちんと祀ってくれて、わたしは座敷わらしに生まれ変わった。
そして座敷わらしでいたからこそ、優樹くんとも出会えた。
点と点がつながって、ひとつの線になっていく。
着物の帯のように、絆が結ばれていく。
「はい、着付け完成っと」
金魚のように色鮮やかな朱色の帯を結んでもらい、鏡の前にはあでやかな着物姿のわたしがいた。
「わー!! 思った通りすっごく似合うっ。優樹呼んで来よーっと。きれいすぎてあの子びっくりするわよきっと!」
鏡の中には、座敷わらしのわたしと、その前のミエの姿がみえた。
ふたりともうれしそうににこにこしてる。
よかったね
みんないつも、この家の人達に愛されてるね
大事にされてきたね
もう、さみしくないね
鏡にそっとふれると
ミエは笑顔のまま消えていった。
あぁ、行くべきところへいったんだね。
ひとりがつらかった
あの悲しい記憶は昇華され
こんなにも愛されていたことを知り
いつかまた
願いを結び
新しい生命となって
誕生するのでしょう、
愛という名の
母親の胎内の羊水に浮かび
へその緒に
前世からの約束をその身に結んで。
「こんなにも愛されて、わたしは幸せなわらしです…」
涙がとまらなかったの。
しかしそれは悲しい涙ではなく、
うれしい涙。
前世のしがらみ、もつれた糸がひとつ
解き放された。
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