第二十八話 父の言葉

お盆休み、今年は10日の土曜日から日月の祝日、その後13日〜15日の木曜日と連休が続き、夢のような暦だ。

加えてうちの会社は16日金曜日までお盆休みで、さらに土日を挟んでなんと夢の9連休!

エミちゃんのバイト先の居酒屋はオフィス街立地ということもあり、近隣の会社に合わせて休みを設定してるから、いっぱい一緒にいられる。ひゃっほう!


盆踊り大会は12日の祝日。

佐藤家からは朝から来いとお呼びがかかった。

手土産に、エミちゃんは早起きして水ようかんを作っていた。姪っ子用には、中に金魚や猫のゼリーを入れてかわいらしく、大人にはシンプルな小豆のようかん。

「これ絶対みんな喜ぶわ、ありがとう」

「お口にあうとうれしいんですけど」

家にいる時間が長くなり、エミちゃんはメキメキ料理の腕をあげていった。

添加物もなくヘルシーな食生活のおかげで、僕は随分若返った(多分)

隙間時間ジムも続けて、まさに17年前に戻った気分でいる。


今日のエミちゃんの洋服は、爽やかな水色ストライプのワンピースに、麦わら帽子。ひまわりのついたサンダル。

ウエストを幅広の黒ベルトで締めているから、ものすごく華奢にみえる。


「今日のおでかけスタイルかわいいね」

僕はいいと思ったことはすぐ褒めるようにしている。

お料理は何がおいしかったのか、味付け、盛り付け、もちろん全部いいんだけど(ノロケ)

具体的に言うほうが伝わりやすいもんね。

服装も色とか、デザインとか、何が似合ってるとか…

もう僕は彼女のすべてにメロメロなので(死語?)

毎日これでもかというくらい褒めまくるので、少々うざいかもしれない。

でもそれくらい、僕にはもったいないくらいの自慢の彼女なんです。

だから今日、家族に紹介できるのが実はうれしくてたまらなかった。



ピンポーン…



「ただいまー」

実家は僕の住むマンションから歩いていける距離。それでも何か用がなければめったに訪れることはなかった。

鳥取から父の転勤でこの街に引っ越し、その後父は脱サラして念願のお惣菜屋を開業。

これが大人気となり、あれよあれよという間にイートインスペースができ、店舗は拡大し、街で人気の食堂になった。

2号店もでき、姉の旦那さんがそちらを継いでくれている(僕には性分的に無理だ)

佐藤家、母方の鳥取の祖父母の家だが、出雲街道という古道があり、代々街道を行き交う人達のために茶店を開いていた。

元々は小さなだんご屋から始まったそうだが、そのおいしさが評判となり近隣の村からも客が訪れ、その辺りの地主となるほど栄えたという。

だからだね、立派な蔵とか骨董品があるのも。

その由緒ある家系を守りたいと、姉妹しかいない母の元へ、父は婿養子というかたちで入り跡継ぎとなった。

そして故郷の味を全国で広めたいという夢をかたちにし、転勤したのをきっかけにこの地で自分の店を開いたのだ。

そんな父に感動し、自分も父のような生き方をしたいと、姉の旦那さんも婿養子できてくれた。

おそらく家族全員僕には一生結婚とか無理だと思っていたに違いない。

父の店を継ぐこともまずないと考えていただろう、

姉夫婦が同居を申し出てくれたのも喜んで、子どもができたことをきっかけに家を二世帯住宅にし、現在に至る。


「わぁ〜、立派な家ね…」

向かって右側が僕の両親の家、左側が姉夫婦の家となる。玄関は別々だが、家族や親戚が集まれる大広間が奥にあり、それは設計段階からこだわったものだったらしい。

田舎の家みたいに、親族が集まれる場所を作りたい、と。

庭で遊んでいた、11歳と10歳の年子の姪っ子たちが声をあげた。

「ゆーきおじちゃん来たよー」

「おじちゃんっていうなっ」

「ふふっ、かわいい」

その声を聞きつけ、飛び出すように母と姉が揃って出てきた。

しかし興味があるのは僕ではなくてエミちゃんのほう。

「ようこそいらっしゃい!優樹の母ですっ」

「姉です、まぁーほんとに写真で見るより100倍かわいいっ。どうぞ中入って」


なんかいやな予感がする。


騒がしいふたりの質問攻めが…。


「優樹とはどこで知り合ったの??」

「あの子ぼーっとしてるでしょう?頼りなくない??」

「なんか困ったことあったらいつでも言って??」


リビングでキャーキャー女子会になってる中に入れず呆然と突っ立っていると、背後から父がぽん、と僕の肩を叩き、静かに首を振った。


あきらめろ…

そう言いたいのですか父さん。

あの二人に捕まったら、もう逃げられないですね。


あっちは姪っ子たちも加わって、僕らが入る隙は寸分もなかった。

僕は久しぶりに父とサシでちびちび昼飲みなんかする。

父は寡黙で多くを語らないけれど、ひとつひとつが温かい。

その姿勢が料理や経営にも伝わり、今に至るのだと思う。

「父さん、僕彼女が18歳になったら結婚しようと思ってるんだ」

今日の酒は稲田姫。根雨から街の方に下った米子の酒蔵の酒。まろやかで口当たりが良い。

「…おめでとう」

案の定、ぼそっと一言。

「よかったな。人生をともに歩みたいと思えるただひとりの女性と会えて。ここまで長い道のりだったと思うけど、その時間は無駄じゃなかった」

「父さん…」


ジーン…

涙腺が緩む。

言葉に重みがある。


相手が若いからとか反対することもなく、僕を信じて見守ってくれてる。

子どもの頃から、いつもそうだったね。

家族のために朝早くから遅くまで一生懸命働いて、それなのに文句ひとつ言うことなく。

そんな父さんだから、会社辞めて自分で店やりたいって言い出しても、誰一人反対する家族はいなかったんだ。


時々口ケンカしても、好き勝手言い合っても

心のそこではおたがいを信じあってる。

それが、佐藤家のすごいところだ。

だから、しばらく会ってなくても大丈夫なんだよね。

会った瞬間、それまでの時間が吹き飛んじゃうんだ。


僕は、父さんの子どもでよかった。

そしていつの日か、父さんみたいな父親になりたいよ。

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