第二十四話 ココロバコ
エミちゃんと同棲を始めて1ヶ月。
毎日が幸せだ。
朝食は毎朝一緒に食べる。
いつも彼女が少し早く起きて、準備をしてくれる。
「優樹くんは毎日お仕事がんばってるんだから、朝はゆっくり寝てて。これはわたしのおしごとなの」
そう言って、お弁当まで作ってくれる。
職場の休憩室で食べてると、同僚がちょいちょい集まってくるようになった。
「最近佐藤さんお弁当男子ですよね〜。自分で作ってるんですか?」
派遣の子や女子社員がのぞいてくる。
「めっちゃ彩りきれいでおいしそうですね♪」
「いや、僕じゃなくて彼女が…」
「えっ!? 佐藤さん彼女いたんですか??」
そのリアクションからして相当意外なんだろうね。
「そういえば最近結構かっこよくなりましたよね~。恋の力って偉大ですね♪じゃあ一緒に暮らしてるんですか?」
「そう、来年の春には結婚するから、今準備中」
「えぇー、いいなーっ。幸せ分けてくださいっ」
男性の後輩や同期、上司までもそんな僕に気さくに声をかけてくれたりして、以前のように圧をかけてくることはなくあたりがやわらかくなってきた。
「彼女待ってるなら早く帰らないと」
そう言って、無茶振り残業を強いることもなくなった。
なんだろう。
見えない座敷わらしの力で守られているような気分だ。
家でその話をすると、エミちゃんは笑って言った。
「それはわたしの力じゃなくて、優樹くんが変わったからだよ~。強さとか自信とか、内側から変化したことで、周りの接し方も良くなっていったんじゃないかな」
「そうなのかな?」
見えない変化、自分ではわからない。
「例えば、同じ見た目の同じ箱がふたつあるとします」
「? はい」
おっといきなり何が始まるんだ。ワクワク
エミちゃんは同じタッパーを両手でひとつずつ持ち、話を続けた。
「ひとつはこれは高級な美術品です、とても価値あるもので壊したら100万円弁償するレベル、と書かれた紙を貼る。もうひとつは、これは100均で買った安物です。適当に使ってすぐ捨てたらいいです、とぞんざいに扱うようボロボロのメモを貼る。するとどうなると思う?」
「…高級だと書かれたほうは大切に扱って、もうひとつのほうは投げたり乱暴にしちゃうんじゃない?」
「そうだね。じゃあこの箱が人だとしたら?」
「あっ…」
そういうことか。
「フフッ、おわかりですね」
なんだかエミちゃんが学校の先生みたいだ。
「人間生まれた時はみんな同じ姿、お母さんのお腹から真っ裸で生まれてくるのに。その後の生活環境とか、与えられた愛情の有無で心が変わっていく。自信や誇りを身につけ自分を大切にして堂々と生きていくと、周りからもきっと大事にされるよね。だけど自尊心を傷つけられ、自暴自棄になって己を否定したり、価値のない人間だと思って生きていたら、周りもそうしていいんだと勘違いして、乱雑に扱う。そういうものだと思うのよ」
「…深い」
たしかにそうだ。
僕は信じていた人に裏切られたことで、、自分は価値のない人間なんだと、心のどこかで思っていた気がする。
なんの取り柄もなく、自信が持てなくてまわりに合わせて愛想笑いするだけで、ことなかれ主義を貫いてきた。
それは、これ以上傷つかないための処世術でもあるし、硬い鎧でガチガチに心の防御を固め、亀のように身を守っていたのだ。
それが…彼女と出会って、自分の殻を破ることができたんだろうね。
「…時々エミちゃんが仙人に思える時があるよ」
または森の中の賢者。迷いごとを尋ねると、的確に答えてくれる幻の存在。
「えー、そんなー。わたし座敷わらし時代しかないよー」
うふふ、とエプロン姿でひらりと魔法使いのようなポーズ。
あぁかわいい。毎日デレデレな僕。
「今の話に表題をつけるなら、ココロバコかな。心の箱。人の心を箱に例えたら、大きさも容量も様々だよね。いっぱいいっぱいな人もいれば、余裕がある人もいる」
「まるで水風船みたいだね。伸び縮みしてる」
「水風船!優樹くん、来月は近所の神社の夏祭り行こう!? 昼間張り紙見たんだけど、賑やかでとっても楽しそうだった!」
「いいね、行こういこうっ」
「浴衣着たいゆかたー」
「じゃあ今度買いにいこうよ」
「えっ!? ほんと?うれしいーっ」
ゆかた姿のエミちゃんか…
絶対さらにかわいさパワーアップだよな…
わらしちゃんの時も着物だったもんな…
よく似合ってたよな…
いかんいかん。
最近変な妄想がとまらない。
お姉ちゃんが子どもの頃遊んでいたバービー人形。
お小遣いを貯めてはいろんな服を買って、着せ替えファッションショーしていた。
そのイメージでエミちゃんに、あんな服こんな服、たくさん買ってあげたい。
スラっとしてスタイルがいいから、何だって似合いそう。
やばいやばい
なんか僕このままいくとただの変態だ。
第一エミちゃんはいくらかわいくてもお人形さんじゃないし。
まぁなぜこんなこと考えるかっていうと、
勤務先が繊維関係の会社なので、普段から生地とか染色に携わっているからだろうね。
ある意味職業病だ。
社販で安く買える時と、サンプル品大放出の時、いい服持って帰ろ。
またひとつ、若干邪な気持で仕事へのモチベーションが上がった。
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