第二十三話 座敷わらしの本領発揮

ゴールデンウィークの間に少しづつ荷物を運び、僕とエミちゃんの同棲生活が始まった。

自分でも驚くほどの急展開。

一度スイッチが入ると、離れていた17年分を取り戻すかのように、物事が一気に加速する。


アウトレットパークに雑貨も見にいった。

こちらはものすごい人だったけど、人混みにのまれないよう手をしっかり握って買い物をした。


色違いのランチョンマット、歯ブラシスタンド、カトラリーやマグカップ。

おそろいのものを選ぶのが楽しい。

何より、一緒の家に帰れるのがうれしい。


ちょっといい調味料にしたり、

部屋に花を飾ってくれたり。

エミちゃんが来てくれたおかげで、生活の質が格段に向上した。


連休中、学校のことは彼女なりに考えていたようだ。パソコンでいろいろ検索し、資料を取り寄せたりしていた。

連休最終日、彼女は言った。

「通信制の学校に転入しようと思うの。年度途中でも編入できるところがあって。準備が整ったら学校に行って手続きしてくる」

「そうか。エミちゃんが決めたんなら、僕は全力で応援するよ」


自分の意思で進む道を決めた。

そんな彼女が誇らしかった。


「流されてたら、うまく行かなくなると誰かのせいにできるでしょう?それはもうやめたいと思った。いつまでも母に縛られたり、意地悪なクラスメイトに怯えていたくないなって。話してわかる人なら対話もありだけど、こちらが何もしなくても危害を加えようとする人なら関わらないようにするしか身を守る術はないし。それにね、よく考えてみたの。わたし勉強は好きだけど、別にあの学校だから行こうと思ったわけじゃないの。授業料無償化に惹かれて選んだところだから。それならあそこにこだわらなくても、勉強するのは違うかたちでもいいって気づいたんだ」


自分の気持ちを堂々と打ち明けてくれるエミちゃんは、ひとつ大人になったようだ。


「それに今まで学校に行ってた時間を有効活用して、このお家のお掃除とかお料理もできるでしょ♪もちろん自宅学習もするけど、花嫁修行しとこっかな〜なんて」


花嫁修行…

いい響きだなぁ…


思わず頭の中でエミちゃんの花嫁姿が浮かぶ。

白無垢、ウェディングドレス。

どちらも似合いそうだ。




連休が明けて。

わたしは学校に行かないという選択をしました。

多いらしいですね、新学期新年度、4月の張り詰めていた心の糸が切れ、五月病といわれる症状が出やすいこの時期。


辞めるこの私学は先生達もイマイチで、強い者に逆らえない。意地悪なあの子は理事長の娘だからってやりたい放題。自分が正義だと大きな勘違いをしている。

教師も生徒も、退職や退学になりたくなくて、女王様のご機嫌とり。

もちろん、中には真っ当な心の人もいるけど…圧倒的数では足りない。

争っても無駄なことは火を見るより明らかなので。


あの子と同じクラスになってしまったのが、そもそもの始まりだった。

なんでしょう。

正直なところわたしのほうがかわいいしスタイルも性格もいいから妬みでしょうねぇ。

一度目をつけたら蛇のように獲物は狙って離さない。

おそらく目障りだと思った人間は排除するまで執拗に攻撃するのでしょう。

相手にするだけ時間の無駄なので。

妖怪の時なら時間は永久にあるけれど、人間の時間は儚いもの。

本当に大事なものに時間をさかないと、あっという間にご老人です。もったいない。


当初は逃げることに抵抗がありました。

だけど、優樹くんが背中を押してくれました。

それに、これは逃げじゃなくて、わたしにとっては新しいスタートです。

待ち焦がれた、優樹くんとの新生活の。

優樹くんは、わたしが辛い想いをするなら、永遠のいのちを捨て人間になってくれたのに、これじゃあ申し訳ないと涙を流してくれました。

そこで、気づきました。

わたしが悲しんでいると、大好きな優樹くんも悲しくなる。

そんなのいやです。

だからわたしは、自分が笑顔でいられる道を選ぼうと思いました。



事務室で手続きを無事終え。

優樹くんは心配して僕も一緒に行こうか?

ってずっと言ってたけど(有休取る気満々でした)

そもそも続柄はなんだろう、おにいさんついてきましたか?ってなっちゃうよね。

それにこれはわたしの問題だから。

恐れず自分ひとりで立ち向かっていきたかったのです。

それが、今後の自分の勇気に繋がると思ったから。


お母さんは外に出れる体調ではないので、書類に必要事項を記入してもらい。

学校側も家庭の事情は把握してたので、了承を得ました。


さて帰ろうと校門に向かうと、背後から声をかけられた。

「エミコ!」

振り返るとそこにいたのは、2年まで同じクラスで仲良しだった3人。

「学校やめるってほんと!?」

「うん…」

「もしかしてわたしらのせい?? エミコのクラスにいる理事長の娘が怖くて、休憩時間とかも全く行かなくなって、シカトしてるみたいになって…」


ううん


「みんなのせいじゃないよ」

「私嫌だよ!一緒に卒業したいよ!!」

変わるがわる声をかけてくれる。


ありがとう


みんなに心配かけたくない

迷惑かけたくないって思って、

相談とかもしなかったけど

もっと心許して

頼りにしてもよかったんだね。


ともだちなんだから


「あのね、わたし18歳になったら結婚するの」

「ええっ、そうなの!?」

「結婚式…来てくれる?」

「もちろん!ええっ相手誰??どんな人??今度紹介して!?」

みんな大興奮。

女子ってやっぱり恋バナ好きよね。

「もう一緒に暮らしてるの。ほら、うち父親も早くに亡くなってるし、自分の家庭を早く持ちたいんだ。だから学校辞めるのもそれが理由」

「えーっ!! そうだったの?? それならそうと言ってくれたらいいのにっ」

「もしかして妊娠してるとか??」

「まさかっ、まだ何にもしてない清い関係なんだからっ」

「今時そんなことあるー?? 聞いてよ私なんかこの前合コンでお持ち帰りされた時…」


話が少々それたが、悲しみのお別れが一気にお祝いムード。


よかった。


このほうが、みんなも罪悪感持たなくていいよね。

やさしい人ほど、自分を責めたりしちゃうんだ。


「また連絡するね」

手を振って、わたしは新緑の学び舎を後にした。


とても清々しい気分。




5月末。

バイト休みの日早目に帰宅した優樹くんと過ごしていると、夜のニュースをみて彼が言った。

「この学校、エミちゃんが行ってた高校じゃないの?」

「えっ?」


大きな画面に映し出されていたのは、理事長の顔写真。

『大物代議士との裏金問題と、脱税で逮捕』

「あらま〜」


ニュースには続きがあった。

『事情を知っていたと思われる経理部長である妻が証拠隠滅をはかり、学校に放火。止めに入った娘(17)が顔に大やけどを負い、煙を吸い込み言葉を発することもできない状態。学校はしばらく休校となる』

「…こんなヤバい学校辞めててよかったね」

「そっかぁ…なんかいやな感じがしたのよね」


エミちゃんがいなくなったから傾いてしまったのか、はたまたエミちゃんにひどいことをしたからバチが当たったのか。


君はやっぱり座敷わらし。

生まれ変わった今も、その中に不思議な能力は潜んでるね。


僕の頭の中には、日本昔ばなしの座敷わらしが泣きながら出ていくとその家がみるみる滅びていく、そんなワンシーンがよぎった。

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