第二十ニ話 意思の力
優樹くんのお家に初めてお泊りした翌日、自宅に帰るのは憂鬱だったけど、彼の存在がわたしに勇気をくれた。
あっ、ゆうきくんから勇気をもらう。
ダジャレになっちゃう。クスッ
優樹くんはすぐにでもお母さんに挨拶したいらしいけど、まずはわたしがちゃんと、自分の口から言わなきゃと思った。
自分がどうしたいのか。
わたしの人生だから。
それを優樹くんに伝えると、納得してくれた。
「エミちゃんがそう決めたなら、僕は側で支えるだけだから」
そう言って、うちまでついてきてくれることになった。
マンションの踊り場で待っていて、わたしが話したあともお母さんが落ち着いてたら、その時にお話しよう、という流れになった。
逆にお母さんが錯乱しているようなら、身の安全を考えてわたしを再び連れて帰ると。
手をつないで歩いた。
大丈夫、わたしはもう負けない。
ひとりじゃないから。
支えになってくれる人がいると、
こんなにも強い気持ちになれるんだね。
優樹くんに待機してもらい、家に入る。
お父さんが購入したマンション。
3階の角部屋。
不幸中の幸いなのは、保険がおりてローンを払う必要がなくなり、かろうじて住むところは確保されていたこと。
そうでなかったら今頃母娘揃って露頭に迷ってたかもしれない。
鍵を開け入室。
「…ただいま」
「おかえり、随分ゆっくりだったわね。心配したわよ」
よかった、今日も落ち着いてる。
珍しく台所にも立ってる。
「お母さん、話があるの」
「なぁに、やぶからぼうに」
「…わたし、結婚したい人がいるの」
「…その人のところに泊まってたの?」
「…うん。だけどやましいことは何もしてない。一晩中おしゃべりしてただけ」
長い沈黙。
空気が重い。
「…そういう年頃よね、お母さんにもあったわ。私はうまく嘘ついてごまかしたのに。恵三子は昔から嘘がつけない性格だものね」
「…彼が、誠実な人だから。ちゃんとお母さんに挨拶したいんだって。近くにいるから、連れてきてもいいかな?」
「…いや」
「えっ?」
「今日はね。さっきまで横になってたから髪もボサボサだし。いきなり来られても困るわ。日を改めてもらえる?」
「うん…わかった。だけどね、お母さん。わたしもうひとつだけわがまま言っていいかな。…しばらく彼と一緒に暮らしたいの。学校も…いろいろあって、どうするか考えたい。家を出るのは、お母さんを見捨てるとかじゃないの。ちょっと距離をおきたいてこれからの自分の人生を考えたいの」
「………」
どんな返事が来るか、怖い。
心臓の鼓動が早くなる。
「…わかったわ」
「!?」
「中学生の頃から、恵三子に負担かけてしまったものね。私が弱いばかりに…。いいわよ、お母さんのことは気にしないで、その人のもとへいってらっしゃい」
「!? お母さん…」
「ヘルパーさんも来てくれるし、大丈夫よ。学校も本当に行きたかったところじゃないんでしょう?授業料が無償になるから私学にも行っただけで…私に遠慮しないで、本当に好きなことをやっていいのよ」
予想だにしなかった返事。
もっと反対されると思ったのに。
「…ありがとう、そう言ってくれて。でも彼の家近いし、時々様子見にくるから。学校のことも結論出たら報告に来るから」
「気を遣わなくていいわよ。本当はもっと早く、あなたを開放してあげたらよかったのに、ごめんね。お母さん、恵三子にあまえてた。だから、あなたから何か申し出があるまでは、何でもしてもらって側にいてもらえたらいいかなって考えてた。ひとりになるのが怖かったの。ダメな母親よね」
「…そんなことないよ。お母さん、ありがとう」
今日は妙に饒舌だ。若干躁状態なのかもしれない。こんな時は気も大きくなりがちだ。
けれどせっかく承諾をもらったのだから、このチャンスを逃してはならない。明日になれば言うことが変わる可能性もある。
わたしは覚悟を決め、数日分の着替えや手荷物をまとめ、自宅を後にした。
その姿をみて踊り場で待っていた優樹くんは驚いたけれど、事情を説明するとわたしを思いきり抱きしめてくれた。
「よかった…これからもずっと一緒にいられるんだ…」
母親のことは気にはなったけど、もう自分の心に嘘はつけませんでした。
これ以上無理して一緒にいたら、虐待まではいかなくても、お母さんにひどいことを言ったりしてしまいそうで。
それだけは避けたかった。
大切な誰かを傷つけてしまえば、自分の心にも一生後悔という傷跡が残る。
「エミちゃんは芯の強い子だから。自分で問題をクリアしていくと思ってた」
「わたしが?芯が強い?? こんな泣き虫であまえんぼなのに??」
「だって僕が人間になったら?って言ったのがきっかけだと思うけど、実際に人間になる決意を固めたのも、山深くまで行き10年も祈り続けたのも、すべてエミちゃんが座敷わらし時代に自分で決めて行ったことだよ?そして17年間人間世界で苦節を幾つも乗り越えてきた。それって並大抵の覚悟でできることじゃないよ。エミちゃんは芯の通った強く美しい人だ」
「そうかな…自分じゃわかんないけど」
面と向かって美しいなんて言われると照れちゃいます。
「強い想い、意思の力は何よりも強固で、きっとどんな困難も運命の荒波も切り開く櫂になると思うよ」
「…優樹くんって、時々言うことがロマンチックだよね」
「えぇっ、そうかな」
さらっとかっこいいことを言い放った後で、そこつつかれると急に赤面する、そんな純粋な優樹くんがかわいいし、やっぱり大好きです。
「今日の晩ご飯、何しよっか?」
「うーんと、がんばったごほうびにケーキ食べたい」
「ケーキは晩ご飯じゃないよ。とりあえず荷物置きに行こっか」
これから優樹くんとの、新生活が始まります。
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