第二十一話 君を救いたい
目が覚めたら、エミちゃんがキッチンにいた。
「おはよう、優樹くん♪」
テーブルの上には昨日買ったサラダやヨーグルトがきれいに盛られている。
「すぐ朝食にする?トースト焼こうか?」
「ありがと…それじゃあお願いできるかな」
「かしこまりましたっ」
幸せ過ぎて夢みてるみたいだ…。
ジーン…喜びを噛みしめる。
手際の良さに、慣れてるのがわかる。
「あっ、でもあとは僕がやるよ」
彼女を束の間家事から開放してあげたかった。
「いいよもう、そんなに気を遣わなくて。昨日充分休ませてもらったし。お料理は元々好きだから楽しいよ」
「そぉ?」
「うん。それに…大好きな人のためにお料理できるってこの上ない幸せよ」
うふふ、と照れながらたまごを割る姿。
………
かわいいっ
たまんないなこんな朝って
34年間生きてて一番よかったと思える日だよっ。
「それじゃ顔洗ってくるね」
「うん♪コーヒーも入れておくね」
コポコポコポ…
コーヒーメーカーからいい香りが漂う。
ルンルン気分で洗面所に行くと…
ゲッ!?
何このむさくるしいの??
ヒゲ面の髪ボッサボサっ。
エミちゃんといるとつい17歳の頃に戻った気分になっていたが、
「これが現実…」
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やってみようかな…。
でも僕のこんな姿を見ても、
エミちゃんは大好きと言ってくれた。
愛が深い…(感動)
実際はほっぺにチューしてヒゲ痛っ、
なんてことを思われていたとはつゆ知らず。
知らぬが仏とはまさにこのことなり。
パパッと身だしなみを整えてダイニングキッチンへ行くと、ホテルの朝食みたいなプレートができあがっていた。
盛り付けの美しさとかは、日頃お店で経験していることが活きている。
時間的にはブランチ、朝昼ごはん。
それが帰ってゆったりとした時間を醸し出していた。
休日のたびにこんな朝だったら、人生バラ色だ。
「洗い物食洗機あるんだねー。ハイテクー!!」
食事の後片付けは機械におまかせ。
ふたりの時間を大切にしよう。
「エミちゃん、やっぱり今日、お母さんと話していいかな」
「えっ?」
「中途半端に先延ばしにしても、心理的負担になるだけだ。今後のことを一緒に考えていきたい」
コクッ
椅子に座ると、僕の話にしっかりと耳を傾けてくれた。
「今問題なのは2点。お母さんの介護と、学校のこと。あくまでこれは僕の考えなんだけど、家は一刻も早く出て、お母さんの世話は専門の人達に任せたほうがいいと思う。そして学校は、しんどかったら無理して行くことはない。卒業資格なら通信でも取れるし。これは、僕の考え。僕はエミちゃんを救いたいし、苦しみから開放させたい。もちろん最終的に決めるのはエミちゃんだけど、僕はそう思うんだ。逃げることは決して悪いことじゃない。必要な場面も随所で出てくるもんだ」
「…そういうものなの?」
コクッ
僕は首を縦に振った。
「何が正解で、何が悪いかなんて、他人がジャッジするものじゃない。まず考えなくてはいけないのは、今は自分の身を守ること。親の面倒を見なきゃ、学校はいかなきゃ。世の中の誰かが決めたルールに従って自分を押し殺して無理するなら、僕は君を人間の世界に誘ってしまったことが悔やまれる」
「そんなこと…ないよ。わたしは人間になれて、こうして優樹くんの側にいれることがほんとに幸せだもん」
「うん。だから、ずっと僕の側にいて」
深呼吸して、僕は言葉を続けた。
「結婚しよう。18歳になったらすぐにでも。それまでは婚約中の同棲ってかたちで」
「えっ?」
「もっと広い家を…何なら古民家みたいな一軒家を買ってね。僕は一生家族を養えるくらいの収入もあるし。君の今世での一番の目的は、僕のお嫁さんになること。そうだろ?」
「うん…そうだね…。人間になったのは、優樹くんとともに人生を歩んで行きたかったから」
「だから、他のことはもういいんですかっ、いいーんですっ。わらしちゃんを人間にしてくれた山の大神様だってきっと許してくれまーすっ」
ハァハァ…
思わず力説してしまう。
「プッ、あはははっ。優樹くん、楽天カードマンみたいな言い方…おかしいー」
確かに腕のポーズまでまねてしまった。
恥ずかしかったが、エミちゃんが笑ってくれたからよかった。
要は君を救いたい一心で必死なんだ。
君を苦しめるものは、すべて切り離し排除したい、それだけだ。
それが例え今世での親であっても。
「…でもね。私が学校やめて家も出て、優樹くんのところにいたら、お母さんが錯乱して娘が誘拐されましたー、とか警察に届けたりしたら、どうするの?」
ギクッ
「それで職場にまで警察の人が話聞きに行ったりなんかしたら変な噂たっちゃって、万が一仕事辞めなきゃいけなくなったりしたら、家買うどころじゃないよね?」
ギクギクッ
「学校はとりあえず母親の看病とかを理由に休学もできるし…その間に考えてもいいかなぁ。勉強も嫌いじゃないし、ただ逃げるだけなのは少し悔しい気持ちもあるな」
「あっ、それは僕もちょっとわかる」
今のエミちゃんと同じ17歳の時、元カノと元親友と顔を合わせづらかった時。
僕は何も悪いことをしていないのに、コソコソ隠れて逃げてるのは悔しかった。
それに、本当は部活も辞めたくなかった。
また全国大会を狙いたかった。
だけどどうしても、神聖な部室をあんなことで汚すようなヤツと一緒にやっていくなんて無理で。
それしか方法がなかった。
弓道場の中には、神棚が祀ってある。
神様の前で、僕は恨みや憎しみを矢に込めることはできなかった。
フゥ…
「ごめん、僕また暴走しかけたね」
どうもエミちゃんのことになると、制御が効かなくなる。彼女のほうがよほど芯がしっかりしてる。
「それだけ心配してくれてるんだね、いつもありがとう」
とにっこり。
あぁ…、この笑顔だ。
100万ボルトの破壊力。
僕の頑なになっていた心を開いてくれたのも、このまばゆい笑顔だ。
だけどもう、僕は知っているよ。
その笑顔の裏で、どれだけの涙を流してきたか。
ひとりで辛い事を耐えてきたか。
だから、無理して笑うことはしないでね。
君の心からの笑顔を、僕は守っていきたい。
「本当に苦しくなったら、いつでもおいで」
僕は合鍵を渡した。
「どうしたの、これ…」
「外で万が一鍵を無くしてしまって鍵屋さんに玄関開けてもらった時用のスペア」
「すっごく準備がいいんだね…」
エミちゃん、ちょっと驚いてる。
ここまでするかって感じだよね、普通。
ごめん、すごい心配性な性格なんだ、僕。
座右の銘が
『備えあれば憂い無し』
『石橋を叩いて渡る』
だから。
そういえば平岡さんに、
その堅実な安定志向は結婚向きの性格だねー、
と以前ほめられた(茶化されたのかも?)
「ヤングケアラーの支援をしている公的機関とかにも相談して、なるべく早く家を出るようにしよう。そして準備が整ったら、改めてプロポーズするから」
夕刻、帰り間際。僕はエミちゃんのつぶらな黒い瞳を見つめ、手を握りしめて伝えた。
「うん、そうしよう。プロポーズの時は年齢の数だけ赤いバラがあったらうれしいなー」
「もちろんまかせて!」
絶対に覚えておこう。
「ところで、エミちゃんの誕生日っていつ??」
18歳になったその日に入籍したいっ。
「…3月26日」
………
さ、さ、3月〜!?
しかも月末近し…
今は5月…
だいぶ遠い…(がっくり)
あれ、もしかして
その日って…
………
あぁ!そうかっ
納得した僕の様子をみて、彼女は微笑んだ。
君がこれから産まれようとしている魂に入ると言って、光の中に消えたのが3月25日だった。
その翌日、君は無事人としてこの世に生をうけたんだね。
今さら改めて確認する必要もないが、ほくろに続いてわらしちゃんの生まれ変わりを示す証拠があった。
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