第十九話 はじめてのお泊り

「わぁ〜、優樹くんお部屋きれいにしてるね」

オートロックマンションの2階、南向きの1LDK。フローリングと木材を基調にしたインテリア。

観葉植物もあるし、我ながら小綺麗にはしていると思う。自分で言うのも何だが結構きれい好きなんだ。細かいことが気になる性格だからね。

リビングのローテーブルに食べ物を並べると、なんとも豪華に見える。

「キッチンから取り皿持ってくるね」

食器棚から小皿とお箸を取り出し、冷蔵庫からはお茶を用意。

そこはエミちゃん、居酒屋で慣れているからすかさず手伝いに来てくれた。

「ありがとう」

「優樹くん、ちょっとしたことでもありがとうって、よく言ってくれるよね。そういうところも大好きよ」

さらっと言われて、妙に照れる。

「ありがとうって、好きな言葉なんだ。感謝の気持ちをすぐ伝えられるから」

大切な人と交わす言葉は、大事に使いたい。

それも佐藤家の教えなんだ。

言葉には言霊、神様が宿ってるから、愛情こめて使いなさいって子どもの頃からよく言われたものだ。

出雲神話縁の地、山陰の土地柄かもしれないね。


「わさび大丈夫?」

山葵好きの僕はスーパーから山ほど持って帰った。

「うん、わたしもわさび好きだから、お皿にもりもりしよう」


プッ


もりもり…なんか響きがいい。

何しても何言ってもかわいいんだよなぁ。

「それじゃあいただきまーす」


もぐもぐもぐ…


「んー、めっちゃおいしいっ。あっ、わさびきたー」

とってもおいしそうに食べるエミちゃん。

僕は君のそんな笑顔をこんな間近でみられるのが幸せだ。

キッチンにダイニングテーブルもあるが、リビングで座布団に座って横並びで食事するほうが、距離が近いのでこっちにした。


ずっとこの部屋でひとりで食事していたのが、今隣にエミちゃんがいる。

とても不思議な気分だ。

けれどそれはすごく自然な感じもする。


我が家にある一番大きなお皿を使い、食後はケーキバイキング。

エミちゃんはパシャパシャスマホで撮影。

「こんなにケーキがあるなんて、幸せ〜♪」

もう鼻血が出そうなくらいの興奮度なんだけど、エミちゃんがあーん、って食べさせてくれた。

平岡さんが聞いたら発狂して1ヶ月佐藤くん酒代おごってね、とか言われそう。


「誰かと一緒の食事って、こんなにおいしくて楽しいのね。元々おいしいものも満足感と幸福感が何倍にもなるみたい」

デザート後に紅茶を飲みながら、エミちゃんがつぶやく。

「そうだね、僕もこんな幸せな夕食はこの部屋で初めてだ」

「ねぇ覚えてる?かまくらの中で一緒にココア飲んだの」

「あぁ、そんなこともあったね。わらしちゃん、甘いの喜んでた」

カップを両手で包んで飲む姿は、全く一緒だ。


変わってないな…


見た目が大きくなっただけで、心は子どもなんだな。

無邪気で、純真な、座敷わらしの心を持った女の子。

それがエミちゃん。


座敷わらしの時は実体がないから抱きしめることもできなかったが、人間の姿の今、肩を抱くことができる。

温もりを感じる。


「今夜はいろんなことを話したいよ。エミちゃんいつから僕のこと気づいてたの?」

「それはね、おつり渡す時指が触れた時。あっ、でも子どもの頃、親とはぐれて泣いてたわたしを迷子センターまで連れていってくれた!後で気づいたの。あのおにいさんは優樹くんだったって」

「えー、そうなんだ!そんなことあったっけなぁ…」


話は延々と続いた。

鳥取でのこと。座敷わらし時代。生まれ変わってからのこと。

離れ離れの間、どんな生活をしていたか。

おたがいの年譜の空欄を埋めていくように、質問し、答えてはまた尋ね。

夜が更けても眠ることはなく。

時計の針は3時となる。


「そうそう、真夜中のクイズ大会。あれはハイテンションだった!」

「えー、だって夜中になると妖力が覚醒するのよォ」

「もしかして今も夜型?」

「うーん、どうかな?一応人間らしいタイムサイクルにはなってると思うけど…ちょっと…眠くなってきたし…」


スゥ…


朝からバタバタで疲れていただろう。

吸い込まれるように値落ちしていった。

ごめんね、調子に乗って長話につきあわせちゃったね。

あと数時間もすれば夜明けだ。


床に倒れこんだ彼女を寝室に運ぶ(もちろん何もしません)


軽い


華奢な身体。

ガラスのように儚げな白さ。


服…シワになっちゃうかな。


でもさすがに勝手に脱がすのは失礼だし…。


どうしよう…


なやむ…


だけど…


楽な格好でゆっくり寝てほしいし…


………


迷った挙げ句、


電気を消して


薄っすらリビングの間接照明だけで


視線をそらしつつ服と靴下を脱がして(さすがに下着はそのままですっ)


僕のでかいサイズのパジャマのシャツを着せました。


スゥ…


エミちゃんは何も気づかず、爆睡。


よかった。


僕も楽なグレーのスウェットに着替え、そっと彼女の横に行き、布団にもぐる。


「あったかい…」

体温が、肌にふれる。

そして、やわらかい。


そっと、彼女の髪を撫でる。


ん…


吐息がもれる。



やばい


これ以上ないってくらい、ドキドキする。


そりゃそうだよ!?


大好きな人が隣で無防備に眠ってるんだから。


「コーフンして寝れないかも…」


寝返りをうって、エミちゃんが僕に抱きついてくる。



キターーーーーッ



む、胸があたる…



バクバクバクバク



し、心臓が…


ドラム叩く勢いだ…。



ハァ…


たまらん…


もはや何かの修行か


ずっとおすわりして目の前のごちそうをおあずけくらってるワンコの気分だ。


もしくは蛇の生殺し


いや…しかし


経験ないですけどね…



本能的に、そりゃ僕も男だ。


今すぐ抱きたくなる。


だけど、自分で決めたことだから。


大昔の日本のしきたりくらい古臭いかもしれないけれど、


結婚するその日まで、


絶対に


愛するエミちゃんに


手出しはしません。


未成年ってこともあるけれど、


すべてが大切だから、


大事に大事にしたいんだ。



悶々としたまま、初めてふたりで過ごす夜が明けようとしていた。






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