第十七話 君の悲しみを僕がすべて受け止めたい

「今のエミちゃんのために、この歌をうたいたい」


グスッ


涙を拭くと、僕は一曲入れた。


先日亡くなった、KANさんの曲。


『すべての悲しみにさよならするために』


気持ちを、こめて歌った。


『君が笑う時 君が悲しむ時

そのすべてを受けとめてたい』


絶対に僕は、二度と君を泣かせたくない。

永遠の命を捨ててまで、人間になってくれたのに。

生きるのが辛くてしんどいなんて想い、これから先は決して思うことがないよう。


僕は全力で君を守るから。


ちょっと前まで弱虫で逃げ腰で、

何に対しても後ろ向きで情けなかった僕だけど、

自分より大事な存在がいると、人はこんなにも強くなれるんだ。


それを、君が教えてくれた。


世界中で一番、君が大切なんだ。


君が毎日笑っていられるなら、僕はどんな敵とも戦おう。


ばかみたいなこといっぱいして、君が腹抱えて笑えるようにしよう。


「ウゥッ、ヒック」

エミちゃんはハンカチで顔をおおい号泣している。


辛かったんだろうな。


それでも笑顔を絶やさず、明るく振る舞ってきた。


泣いていいよ。


子どもみたいに存分に泣いて、涙を流して。


もう、ひとりでは泣かせないから。


僕が、側にいるよ。


すっとずっと。


もう、この手を離さない。



曲が終わると、僕は彼女の手をそっと握った。

お姫様に従者がするように、床に膝をついて。


「ごめんね、悲しい想いさせて。僕がもっと早く、君のこと気づいてたら」


ううん


エミちゃんは首を横に振った。


「すべての出来事にはきっと、意味があるんだよ。わたしにも優樹くんにも、必要な時間だからこういう展開になったと思う」


涙を浮かべながら微笑むその表情は、菩薩様のように美しかった。


ゴシゴシ


「ハンカチ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃ」


プッ


「何よぅ、笑うなんてひどい」

「いや、ごめんっ。そんなかわいい顔で鼻水とか言うからつい」


そしてむくれた顔も超絶かわいい。


「今日はいっぱいしゃべろう。エミちゃんのしたいこといっぱいしよう」



カラオケを出ると、ランチへ行った。

魚好きな僕らなので、フィッシュバーガーの専門店。

「すごいっ、お魚のフライの種類、白身フライだけじゃなくマグロカツとかタイとかあるよ??」

目を輝かせて大コーフン。

散々迷った挙げ句、僕は定番の白身フライ、エミちゃんはタイのフライにした。

男ってこういう時あんまり冒険しないで無難なのにいきがちだよね。

「うーん、おいしーい。わたしマヨネーズとかタルタルソース大好きなのっ」

「僕も。なんかしあわせの味するよね」

「優樹くんのちょっとちょうだい」

タルタルソースたっぷりの白身をかぷり。


あぁ…いいなぁ、こういうの。

恋人同士って感じだ。

うまいおさかなバーガーとともに幸せを噛みしめる。


食後は公園を散歩した。それも腕を組んで。

おいおいいきなりかよー、ってな展開だけど。

だって僕らはずっとずっと昔にすでに出会ってるんだから。

結婚の約束もしてるから。

心が通いあった瞬間から、17年という時が一気に巻き戻ったようだ。


おやつタイムは抹茶パフェの専門店へ。

あんこや栗、白玉と、エミちゃん(わらしちゃん)の大好きなものが盛りだくさん!のでかいパフェをパクリ。

「ん〜、あまーっ。おいしい♪」

今にもとろけそうな顔をしている。

僕は君のその笑顔を見てるだけで胸いっぱいなんだけど、チョコがけの抹茶ソフトもおいしかった。


楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


夕暮れ、西の空はせつない茜色。

僕の腕をつかむエミちゃんの手に力がこもっていた。


かえりたくない


その気持ちが伝わってきた。


かえしたくない


僕も彼女の手を強く握り返した。


同じ気持ちだ、僕らは。

17年も待ったんだ。もう片時も離れたくない。


「エミちゃん、今からお家に行ってもいいかな?」

「えっ?」

「お母さんにあいさつしたいんだ。結婚を前提に正式におつきあいさせてくださいって。それと…しばらく僕の家で預かりますって」

「!? それってどういう…」

「今のエミちゃんはもう心がいっぱいいっぱいでまいってる。少しお母さんと距離をおいたほうがいい。そうしないと共倒れになってしまう。君の人生は君のものだ。お母さんの犠牲にならなくていい。もう何年も自己犠牲して尽くして来たんだろう?それで充分だ」

「だけど…」

「片時も目が離せないような状態なら、とっくの昔に入院してるはずだろ?ヘルパーさんは週何日来てくれるの?」

「一応平日は毎日…。お料理や掃除もしてもらってるし、トイレは寝たきりじゃないから自立してるし、お風呂も自分で入れる。あとは民生委員の人とか役所の人もこまめに様子見に来てくれてる」

「それなら、エミちゃんがいなくても大丈夫だ」

「んと、それじゃあ、今日は電話で帰らないって話すから、日を改めて一緒に行くことにしてもいいかな?今はあんまり刺激しないほうがいいと思うし…。ヘルパーさんにも連絡しておくから」

「うん、そうだね。ごめん、僕突っ走ってしまって」

彼女の気持ちやお母さんの体調を気遣わなかったこと、反省。

「ううん、うれしい。それだけわたしのこと心配してくれてるんだね。ありがとう」

「そんなの当たり前だよ。君は世界一大切な人だから」

面と向かって言うと、ちょっと恥ずかしくなった。

僕ってこんなキャラだったっけ?


ちょっと前まで社畜として生きて、暗くて、マイナス思考で、心も身体もたるんでた僕が。

あの店で君と出会って、恋をして。

ふがいない僕はすぐに君のことを気づいてあげれなかったけど。


気持ちが、前向きになれた。

毎日が、楽しくなった。

職場で、いやなこと無理なことは断れるようになった。

プライベートを大事にできるようになった。


何より大切なものができたことは

僕の人生に大きな変化をもたらした。


愛おしい君。

全身全霊をかけて守るよ。

僕たちは、再びこうして巡り合うために生まれてきたんだ。


ありがとう、僕の前に現れてくれて。


座敷わらしの時も。


エミちゃんという人間になってからも。




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