第十六話 悲しみの中にあの頃の面影をみた

5月の連休初日。

遠出する人が多いのか、街は閑散としている。

道路を走る車も少なく、観光地などでなければ意外に近場が空いてて楽しめる。


それに!

何より!

今日は待ちに待った!

エミちゃんとのデートだし!!


何を着ていこうか迷った挙げ句、クローゼットの中を思い出してもスーツか休日のスウェットという極端な服しかないので、ジムに行った帰り近所のファミマでファミコレの青い長袖のTシャツと、黒いパーカーを買った。

下は学生時代から使ってたデニム。サイズが合わなくてずっとタンスの奥で眠ってたけど、最近すこし痩せたので再びはけるようになった。

靴もスニーカー、カバンも白のショルダーと、これならエミちゃんと並んで歩いてもあまり年齢差は感じない(はずだ)


興奮して朝5時には目が覚めた。

シャワーを浴び髪の毛もセットして、身だしなみはバッチリ。

時間に余裕をもって、いざ出陣。



ドキドキドキドキ…



歩いてるからじゃなく、心臓の鼓動が早くなる。



はぁー、



緊張する。



女の子とデートだなんて、何十年ぶりだよ!?



ショーウインドウに映った自分の姿を再確認。


大丈夫かな??


これでいいかな?



写メ送って平岡さんに聞きたかったけど、

さすがにおこられそうだからやめた。



約束の8時より10分早く着いた。

さすがにまだだな。

腕時計をみて、気長に待つことにする。


普段なら通勤通学客でごった返す駅も、人影まばら。

あれだけの人間一体どこから集まってるんだろうと思う。


チッチッチッチッ…


8時を10分経過。


あれ?


なんかあったのかな??


少々心配になる。



15分…。



連絡先聞いとけばよかったな。


エミちゃんに限ってすっぽかすなんてことないと思うし…。



辺りをキョロキョロと見渡すと、こちらに向かって全速力で走ってくる姿が見えた。


よかった!来たっ。


「す、すみません、遅れてしまって…ハァハァ…」

「ぜ、全然いいよっ。それよりどうしたの?何かあった?? ごめん、僕連絡先教えとくべきだったね」

「出る前に母がちょっと具合悪くて…ハァハァ…」

「えっ?大丈夫??」

「…いつものことなんで…薬も飲んで今は落ち着いてるしヘルパーさんも来てるので平気です…ハァハァ…」

「とりあえず何か飲み物買ってくるね、ここ座ってて」

エミちゃんを駅前のベンチに座らせ、自販機でお水を購入し渡す。

「はい」

「あ、ありがとうございます…」

ゴクゴクと飲み干すと、少し落ち着いたようだ。

「ふぅ~、生き返りました」

改めてみると、私服のエミちゃんがやっぱりかわいい。

白い軽い素材の服に、グリーンのフリルの膝丈ミニスカート。黒のハイソックスに、赤茶色のローファーをはき、靴と同系色の巾着型肩掛けバックを左肩に乗せている。

透き通るようにきれいな肌には、ほんのりピンクのメイク。それがまた恥じらうような美しさを引き立てている。


「それじゃあ行こうか」

「はいっ」

並んでカラオケ屋まで歩く。

僕の左側に、エミちゃん。

右耳にはプレゼントしたイヤーカフを付けてくれている。

なるほど、だから右耳に付けるのか。納得。


受付でモーニングメニューを注文。

僕はトーストとサラダ、ゆでたまごの定番セット、エミちゃんはスクランブルエッグのセットを。

ドリンク、スープはドリンクバーで飲み放題。

お昼前までの3時間パックにした。

ふたりで3時間は少々長い気もするが、食事したりしゃべったりしてたらあっという間だろう。


「いただきまーす」

まずは腹ごしらえ。

「おいしーい♪念願のカラオケでモーニング、うれしいですっ」

「エミちゃん走ったからお腹空いたでしょ」

「そうですねー、でも久しぶりに走ると気分がスッキリします。昔陸上やってたんですよー」

なるほど、道理であの走り。めちゃめちゃ早かった。


食べた後はおたがい好きな曲を入れて歌う。

タンバリン鳴らし、歌えや踊れや朝から大はしゃぎ。

「はぁ~、ちょっと休憩」

「そ、そうだね…」

いくら身体を鍛え始めたとはいえ、体力の衰えを感じる僕もそれには賛成だった。


スッキリしたソーダを飲みながら、エミちゃんがふと口にした、胸のうち。

「今日はほんと楽しいです。ありがとうございます。正直…いろんなことが続いて気持ちがまいってしまっていたので…」

「…どうかしたの?昨日も言ったけど、僕でよければ話聞くよ」

「………」

沈黙の後、意を決したようにエミちゃんは言葉を続けた。

「…父が亡くなってからずっと、病気がちになってしまった母の看病をしてるんですけど、最近精神的に病んでいるようで…。かなり不安定な状態なんです。幻覚や被害妄想もあるみたいで」

「それで朝…」


コクッ、と彼女はうなづいた。


「服薬で様子をみてるんだけど、日によって状態も違うので…。特に今の時期は五月病とか、気持ちが不安定になりやすいっていうし。学校生活も…3年になってからは仲良しの子たちと違うクラスになっちゃって。新しいクラスにはボス的な子がいて、その子はわたしのこと嫌いみたいで、いい子ぶってるとか陰口たたいてたり、周りに声かけて仲間はずれにしたり…」

「そんな…」

もはやいじめじゃないか、そんなの。

「学校にも家にも居場所がなくて。だからバイト先だけが唯一心許せる場所なんだけど…。バイト終わっても家に帰りたくないし、でもそう思ってしまうことはお母さんを裏切るみたいで、罪悪感に苛まれてしまう。学校行ってひとりでお弁当食べるのもさみしくて…ほんとは行きたくないけど卒業まであと少しだからと思って、なんとか行ってはみても、今まで仲良かった子もその子が怖くて離れていって…」

「………」


ごめん。

そんな辛い状況に君がいたこと、気づけなくって。

君は僕のことずっと気にかけてくれていたのに。


「人間って、こんなに辛いこといっぱいなのかなぁ。生きてくってこんなにしんどいのかなぁ」


ウッウっ…


涙をこらえ嗚咽する姿。


以前僕は見たことある。

この子のこんな姿を。



わらしは妖怪だから、大人になれない。

だからこの振袖も着れない。

みんな大きくなるのに、

わらしはずっと子どものまま。


さみしいよ


かなしいよ


ひとりはいやだよ


そう言って泣いていた座敷わらしちゃん。


あの姿に、僕は心打たれたんだ。


7歳で出会った時も、

17歳で再会した時も。


なのに、ごめん。

君をひとりにしないために、

人間に生まれ変わったら結婚しようと言ったのに。


人間になることで、君にこんなに苦しい想いをさせてしまったんだね。



ちきしょう

チクショウ!


自分に腹がたつ。


思わず僕は、彼女を抱きしめた。


「こんなに苦しませてごめん!」

「さとう…さん…?」

涙があふれてくる。


悲しいのも苦しいのも

彼女のほうなのに。

僕が泣いたってなんら変わらないのに。


悔しさと

やりきれなさで

涙がとまらなかった。


「君は、わらしちゃんだろ?鳥取のおばあちゃん家で出会った、座敷わらしちゃんの生まれ変わり」


パアァ…と

一瞬で周りが輝きだした。

僕と彼女の間を、温かい空気が包む。


ふわり


心まで軽く温かくなる。



「やっと…やっと言ってくれた…優樹くん…」



抱き合ったまま、僕らは泣きながら、おたがいを再認識できた喜びをわかちあった。

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