第十五話 女子力高い佐藤くん

時は過ぎ、新緑の季節となった。


最近、気になることがある。


エミちゃんが、あまり元気がない。


バイト中も時折浮かない表情をしてため息をついたりしている。


人前では悟られないように明るく振る舞っているが、

僕の目はごまかせない。


なぜなら、常日頃ずっとエミちゃんを意識してるからだ(一歩間違えば怪しい人物だ)


どうしたんだろう…。


気になって仕方ない。


まさか!?


誰か好きな人でもできたのか??


思いきって、おしぼりを持ってきてくれた時に声をかけてみた。


「最近何だか様子が今までと違うけど…大丈夫?無理してない?」


えっ、と明らかに動揺した。


「ごめんなさい…お客様の前でそんな。仕事中なのに失礼ですよね」

「いや、みんなは気づいてないと思うけど。その…心配で。働き過ぎじゃないかとか。学校の後ほとんど毎日バイトしてるし。何か悩んでることとかあったら、僕でよければ聞くから」

「ありがとうございます…そんなふうに言ってもらえてうれしいです」

そう言ってもらえると、僕のほうこそうれしいよ。


毎度おなじみ、度々流れる昭和歌謡な店内BGM。

今日は岡本真夜のTOMORROWが流れてきた。


「なつかしいな…この曲。子どもの頃流行ってて、うちの姉がよく歌ってたんだ」

「わたしもお母さんが好きな曲なんで知ってます。いいな、なんか久しぶりにカラオケとか行きたくなっちゃった」

「じゃあ行こうか!一緒に」

「えっ?」

お、思わず誘ってしまった。

「ほら、気分転換にもなるし。明日からゴールデンウィークのに連休だしっ。お店も学校も休みだよね?あ、でもこんなおっさんとカラオケなんてやだよね」

僕は勢いで何を言ってるんだ。

焦って訂正すると、思いがけない返答が。

「佐藤さん、全然おっさんなんかじゃないし。それに、行きたいです。一緒にカラオケ」

「えっ、ほんとに??」

喜びで目の前がバラ色になる。

「そういえば知ってます?駅前のカラオケ朝8時からモーニングサービスやってるんですよ!一度試してみたくって〜」

「あっ、じゃあ朝一で行こうか。早起き苦手じゃなければ」

「わたし朝強いんで平気です。佐藤さんのほうがせっかくの休日は朝ゆっくりしたいんじゃないんですか??」

「普段の出勤時間考えたら全然大丈夫だよ。じゃあ8時に駅の改札前で待ち合わせでいいかな?」

「はいっ、楽しみです♪」


よかった。

エミちゃんに笑顔が戻った。

そして…

僕のニヤけ顔がとまらない。


どうしよう

どうしよう

どうしよう


デートだ

デートだ

デートだ


年甲斐もなくひとりほくそ笑んでいる。


明日!

何着て行こう!?


こんな時は…

あの人を頼ろう!!



恋愛エキスパートの大先輩、

平岡さんに連絡を入れる。


『明日、エミちゃんとデートすることになったんですけど!?

初デートってどんな格好したらいいんですかね??』



ピコン



すぐに返信が来た。


『人が海外出張行ってる間に何うまいことやってんだ!?』

『相手10代なんだから、若々しく爽やかなスタイルで行けよっ』

『服持ってないなら帰りドンキかファミマ寄ってカジュアル服買っていきな』

『帰ったらたっぷりノロケ話聞かせろよな』

『こっちは時差で早朝起こされたけど内容が内容だけに許したるよ。笑 じゃあな!』


…すみません平岡さん。

そういえばしばらく海外出張行くって言ってたのすっかり忘れてました。


「本日のお通しです。今日はラディッシュとベビーリーフのビーツドレッシングサラダですよ」

エミちゃんが飲み物とともに、紅く色鮮やかな小鉢を持ってきてくれた。

鳥取の米焼酎、砂丘育ちという珍しいお酒が先日入荷したので、僕はそれをボトルキープしている。

この米焼酎、スッキリしていてうまい。

お湯割りでも水割りでもいける。


白い陶器に映える緑の葉野菜と、赤いラディッシュと薄桃色のビーツドレッシング。小学生の時クラスの女子たちの間で恋のおまじないが流行ってて、赤いものを食べると両思いになれるって話題になっていたのを思い出した。


「ご注文は何しましょう」

よし、今日はゲン担ぎで赤い食材を極めよう。

「赤魚の煮付けと、赤天。それとマグロのお造りで」

「かしこまりました。お待ち下さいね~」

赤天というのは島根県浜田市の名物で、唐辛子の入った魚のすり身を揚げた練り物だ。山陰の特産品ということで、鳥取のおばあちゃん家でも食べたことがある。


恋愛運を上げるおまじないをする30代男性。

いいんですかね??

僕女子っぽい行動とってますよね??

でもでも、初めてのふたりきりになるチャンス。

何としてでもこれを機に距離を縮めたい。

できたら、左耳のほくろを確認したい。


「佐藤さん、お魚好きですよね」

カウンターの上は魚づくし。

エミちゃんがにっこり微笑んで言う。

「うん、そうだね。どちらかといえば魚派かな。お肉は鳥肉とかサッパリめのが好きだし」


言えない。

本当は焼き肉がそろそろキツイ年頃だなんて。

脂っこいものは腹の贅肉になってしまうだなんて。

まぁ元々魚好きなのは事実だし。


「わたしもお魚好きなんです♪よかった、味の好みも一緒なら明日おいしいもの食べにいきたいですね」

「うん!!ぜひっ!」


早速効いてるのか??

恋愛運アップの赤い食べ物たちのパワー!

帰ったら速攻食べログでおいしいお店探そ。


他にも何か恋愛運アップに効く方法はないかスマホで検索すると、食後のスイーツも恋愛運アップに効果的という記事が出てきた。

実はこの店、スイーツも豊富。

お皿を下げにきてくれたエミちゃんに追加オーダー。

「食後のぜんざいもらえるかな」

「はい、かしこまりました。このお店のぜんざいおいしいですよね、わたしも大好きなんです♪甘いもの好きなんですけど、特に和菓子には目がなくて〜」

うふふ、とはじける笑顔。

よし。明日はスイーツも楽しもう。

僕の頭の中は、明日への期待と妄想がふくらんできた。


「お待たせしました。食後のぜんざいです」

最期に甘いものをすこし食べたい、そんなお客様のわがままに応えるためにできたという通常よりすこし小さめのサイズ。


ほっ…


からだにしみわたるやさしいあまさ。


「おいしいなぁ…小豆の甘さ癒やされるわ」

そんな僕の姿をみて、エミちゃんが笑いながら言った。

「ふふっ、佐藤さんってなんか、かわいいですね♪」


かっ、かわいい!?


もしかして僕は、男としてじゃなく同性のお友達感覚でみられているのか??


「おいしそうに甘いもの食べるし、スイーツデコのアクセサリー買ってきてくれるし。女子力高めーっていうか。あっ、そんなCMありまたねぇauの。意識高すぎ高杉くん♪」


あはは…


やば。


気をつけよう。


もっと男らしさ出していかないと。



帰り道、僕がスキマ時間ジムに行って筋トレを行ったのは、言うまでもない。

胸筋腹筋、引き締めて明日へ挑もう。




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