第十三話 希望の黒い星
休暇を終え自宅に帰るその足で、僕はいつもの居酒屋に立ち寄った。
「いらっしゃいませー、わぁ!佐藤さん久しぶりですねっ。出張とかでしたか?」
エミちゃん…!
よかった、いた〜。
ここに来なかった間も君のことばかり考えていたとは口が裂けても言えず。
ただ黙って喜びを噛みしめる。
「いや、ちょっと有休とって鳥取の祖父母宅に行ってたんだ。はい、これおみやげ。お店の皆さんで食べて」
米子駅で買った手土産を渡した。
「わぁ!うれしい〜♪ありがとうございますっ。みんなでいただきますね」
山陰銘菓因幡の白うさぎまんじゅうとフィナンシェ。うさぎのかたちがかわいらしいので、お菓子とかわいいもの大好きなわらしちゃんなら喜ぶだろうと選んでみた。
笑顔がみれてよかった。
実はエミちゃんにはもうひとつ別におみやげを用意してある。
それは、僕が考えた作戦なのだ。
「今日のお通しは菜の花の胡麻和えです。ごま油を使ってコクと風味がアップしてるんですよ」
「わぁ、菜の花。春らしいね」
おいしそうな鮮やかな黄色と緑の小鉢。
まだ早い時間で客も少ない。これはチャンスと声をかける。
「あの、これよかったらエミちゃんにプレゼントなんだけど…。あっ、その、なんていうか、いっつも親切にしてもらってるので、そのお礼というか…」
なんだか言い訳がましいが、警戒されず渡すにはこんな言い方しか思いつかなかった。
「えっ!? 私に?? いいんですか!?」
警戒されるどころか、思いのほか大喜びのリアクションでほっとした。
ポチ袋くらいの小さな包みを差し出す。
「和柄がすてきですねー。開けてみていいですか?」
「も、もちろんどうぞ」
目の前でプレゼント開けてもらう時って、なんかドキドキする。
「わっ、かわいい〜!どうしたんですかこれ??」
僕がエミちゃんへのプレゼントに渡したのは、スイーツデザインのイヤーカフ。
パステルカラーのマカロンが3つ並んで、アクセントにキラキラ光るいちごがぶら下がっている。
「おばあちゃん家の近くに金持てらすひのっていうお店があって、地域の特産品とかを売ってるんだけどそこにスイーツデコのさくら工房さんっていうコーナーがあってね。おいしそうなかわいいグッズがいっぱいあって、エミちゃんに似合いそうだと思って」
そう!エミちゃんの耳にわらしちゃんと同じほくろがあるか確認する作戦!
それは耳につけるアクセサリーをプレゼントして、身につけてもらうところを見れば自然にほくろの有無をチェックできると考えた!
で、たまたま立ち寄ったお店で耳に飾るイヤーカフというのを見つけた。
しかも女の子が好みそうなスイーツデザイン。
僕はアクセサリーとか詳しくないけど、お店のお姉さんがいうには結構若い子の間で人気だということだった。
ピアスは穴開ける必要があるし(怖)イヤリングは滅多につける機会ないし、イヤーカフは片耳だけにカジュアルに身につけることができるから、さり気なく使える身近なおしゃれアイテムらしい。
「本格的なアクセサリーとかはプレゼントされるとちょっと身構えちゃうけど、こういう手作り感あるおみやげ的なものなら受け取ってもらいやすいと思いますよ」
店員さんのアドバイスを信じ、購入。
「えー!! かわいいー!うれしぃー!こんなすてきなアクセサリーもらったの初めてですっ」
目をキラキラさせて、社交辞令とかでなく、心底喜んでくれてるのがわかる。
「よかったー、気に入ってもらえて」
「はいっ、一生大事にしますね」
「ははっ、一生なんて大袈裟な」
いずれはダイヤモンドの指輪をプレゼントしたい。なんてね。
「せっかくなんで着けてみてもいいですか?」
「!? うん!もちろんっ」
きたっ
いい流れだ!
こうなるのを待ってたんだ!
「イヤーカフって、女の子は右耳につけるのがいいみたいなんで、こっちにつけようっと」
…
えっ?
そうなの??
「実は私前々からイヤーカフほしかったんですよー。でもお金節約してるから画像検索して見てるだけで楽しんでて。そしたらアクセサリー屋さんの記事に書いてあったんですよね。中世ヨーロッパの時代から、利き手が多い右側に男性は武器を持って立ち、女性を左側にして守った。だから、男性に見える右耳に女性はイヤーカフをつけた歴史があるんですって。だから反対に男性は左耳に身につけるのが、イヤーカフの定番らしいですよ」
……
知らなかった。
って、まさかそんなメジャーじゃない話をエミちゃんが知ってるとは。
「それじゃあちょっと失礼して…」
壁の鏡を使い右耳にアクセサリーをつける。
あぁ…
それ左耳でしてくれたらなぁ…。
「じゃーん!どうですか??」
「うん、かわいい!ほんとよく似合ってるっ」
「うれしぃー!! すっとこれ大事にしますねっ。今日は身につけたままおしごとしよっと♪」
ルンルン気分で厨房に入っていったエミちゃんとは対象的に、心はうなだれる僕。
作戦1、失敗。
次の手を考えよう…。
だけど、あんなに喜んで満面の笑みを浮かべるエミちゃんを見れたからよかった。
そういえばわらしちゃんも、いろんなことすごく喜んでくれる子だった。
一緒に遊ぶ時も、お菓子渡した時も、大きな目をさらにパチクリさせて、うれしい時は小躍りし、悲しい時はしくしく涙を流し。
あれ
なんかわらしちゃんって人間以上に人間っぽい気がしてきた。
感情表現が豊かというか、よくしゃべるしよく笑うし。
エミちゃんは、そんなわらしちゃんとやっぱりそっくりだ。わらしちゃんがそのまま大きくなった感じだ。
「……」
ちびちび熱燗を飲みながら考えた。
もしエミちゃんが17年前の座敷わらしちゃんの生まれ変わりなら、僕のこと気づいてるのだろうか。
そして前世の記憶を持ちながら生きるって、どういう気持ちなんだろう。
ややこしくないのかなぁ。
ついエミちゃんを目で追い、視線が合うとにっこり微笑んでくれた。
ぽっ
酔いがまわったわけではなく、顔が熱くなる。
やばい
やっぱかわいいわ。
僕とともに人生を歩む決意をし、人間に生まれ変わった座敷わらしちゃん。
それだけの覚悟をもってくれたのだから、僕は必ず約束を守らなくてはならない。
人間になったわらしちゃんと結婚するんだ。
そんな僕がこんなに心惹かれるのだから、エミちゃんはきっとわらしちゃんの生まれ変わりだと思う。
だが確証がない。
直感頼みでは心もとない。
いっそすべてを打ち明けようか。
だけど…
万が一違ってたら…?
大事なものほど
失うのが怖い。
だから、慎重になってしまう。
それに…
もし、もしもだよ?
エミちゃんがわらしちゃんの生まれ変わりじゃなかったら、どうする?
わらしちゃんの生まれ変わりと思うからエミちゃんに惹かれるのか、
それともその理由なくともエミちゃんというひとりの女の子に惚れてしまったのか。
ただそれだったら、わらしちゃんを裏切ることになってしまう。
それだけはできない。
ふぅ…
「しっかりしろよ、佐藤優樹」
喝を入れるため、グイッと残った酒を飲み干した。
ほくろという希望の黒い星は見つからなかったが、
エミちゃんのはしゃぐ姿に、僕はわらしちゃんの面影をみた。
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