第十二話 暗がりの蔵の中で

ギィ…


重い蔵の扉、きしむかんぬきの音。

久しぶりにこの蔵に入った。

百年以上昔に建てられたとは思えない頑丈さ。これが日本の職人のなせる技か。


はしごを昇り2階に上がる。

明かりとりの窓から光が射し込むその光景は、何度見ても幻想的だ。

僕が歩くと埃が舞う。しかしその埃さえも空気中でキラキラ輝いて美しい。


今にも、座敷わらしちゃんが出てきそうだ。

17才の僕と、おかっぱ頭で着物姿のかわいい女の子。

手を取り合っている白昼夢。

あれから17年。

大人になった僕の手を握ってくれるのは、わらしちゃんの生まれ変わりのエミちゃん…?



桐箪笥の引き出しを開けると、まだそこにしまわれていた。

青い振り袖。縁起の良い鶴の羽ばたく姿が描かれている。

さっきのおばあちゃんの話から察するに、おばあちゃんのおばあちゃんの妹だから、僕からすると何代も前のご先祖様、ミエさん。

結核のため家族から隔離され、この蔵の中で過ごしていた。

この振り袖はそのミエさんのために作られたものかもしれない。

健康になり成人することを願って仕立てた振り袖、残念ながら幼い頃亡くなってしまい、袖を通すことはなかった。だから仕立て糸もついたまま。


亡くなったあとも大事に祀られ供養され、その魂は座敷わらしという子どもの妖怪となり、子孫を見守り続けた。

うんうん、辻褄が合うね。


そう考えると、わらしちゃんが言っていたことも合点がいく。


ひとりはさみしい

もうひとりはいやなの…


あの言葉は座敷わらしになる前、まだ子どもだったミエちゃんが病で苦しみながら感じていた想いなんじゃないか。


蔵の外からは聞こえたであろう、家族や近所の子ども達が元気にはしゃぐ声。

親にもあまえたい年頃だったろうにそれも叶わず。

ここにはたくさんのおもちゃや人形がある。

ミエちゃんが大事にし、遊んでいたのかもしれないね。

だけど、ひとりあそびはさみしかろう。

話し相手は窓辺に訪れる小鳥とお人形さん。

想像するだけで涙が出てきた。

小さな女の子がひとり暗い蔵の中に閉じこめられ、来る日も来る日も人形相手に話しかける。

何も応えてはくれないのに。

髪に櫛を入れおままごと。

お手玉数えて、いちにいさん。

結核でからだが弱っていたなら寝て過ごすことも多かっただろうが、きっと退屈で1日が長かっただろうね。

夕日、朝日、星月夜。

紅葉、白雪、春桜。

どれくらいの時間をここで過ごしていたかはわからないけど、小さな窓から眺める時と季節の移ろいを、幼い子がどんな想いで見つめていたのか。

そして、ご家族もどんな苦しい想いで家からこの蔵を見守っていたのか。

特効薬もない時代、結核患者は療養とともに周囲に感染を広めないために、隔離を余儀なくされただろう。

薄暗い蔵の中で、僕は遠い昔ここにいた女の子の気持ちに思いを馳せた。

その心が座敷わらしちゃんに受け継がれ、人として生まれ変わった後もきっと残っていると思ったからだ。


フッ


僕が誰かの気持ちに寄り添ってみるなんて、我ながら驚きだ。


人づきあいはずっと苦手だった。

人と関わらずに生きてきた。

そのほうが、楽だと思ったから。

傷つかずにすむから。


それなのに、なぜだろう。


ほっとけない。

気になって仕方ないんだ。


もちろん、エミちゃん自身もだけれども。


ここで出会った座敷わらしちゃん。

思い出すだけで感じる。

明るさの裏にある、孤独、悲しみ。

妖怪の姿の奥にある、人間らしさ。


そしてわらしちゃんのルーツかもしれない、遠い昔のご先祖様、ミエちゃん。

こちらは血縁者だから、余計に気になるのかもしれないが。


カラーーーん…


壁に飾られていた細長い鉄の風鈴に触れ、静かな蔵の中に音が響いた。



共鳴


僕の中の気持ちと、彼女達の気持ちはこだまし、おたがいを呼び合っているようだ。


心の中にぽっかりと空いている穴。

それは高校時代の、あのしょうもない裏切られた想い。

社会に出てからの孤独感。

払拭したくても拭いきれない想いを抱えこんで生きていた。

闇の中を歩んできたような黒歴史。

そこに射しこむ、一筋の光。

それが座敷わらしちゃんであり、エミちゃんの存在だ。


あの子達からは、どこか悲しみやさみしさが感じられる。

辛さを知っている分、人に優しくできるのだろう。

僕は周りから言われるほどそんなやさしい人間ではないと思うが、痛みは知っているつもりだ。

苦労を知らない人間、痛めつけることに快感おぼえるような腐った人間に、誠の真心など芽生えないだろう。


優しいという字は、人を憂うと書く。

優しい人は、相手を憂う、思いやれる人。

優樹は、困った人を包みこんであげれるようなやさしい大きな樹のような人に育ってほしくてこの名前をつけたのよ。

お習字で初めて自分の名前を漢字で書いた時、母はそう教えてくれた。


まだまだ僕はそんな器の大きな人間にはなれていない。

だけど、人間として生まれ変わってきたわらしちゃんを、すべてまるごと受け入れることができるような、そんな懐の大きな男になりたい。

そう思うよ。


「まずはエミちゃんに、わらしちゃんの名残りがあるかどうかを確認しよう」

おばあちゃんが教えてくれたヒント、座敷わらしちゃんの左耳にあるほくろ。

「どうやって確かめたらいいんだろう…」

髪の毛勝手に触ったらセクハラだし。

かと言っていきなり耳たぶ見せて?なんて言ったら変態だし。


うーん…


「まぁ気長に方法を考えようか」


パンパン


僕は古い神棚に手を合わせた。

「座敷わらしちゃん、ミエちゃん。今は人間に生まれ変わっていると思いますが、どうか僕に知らせてください。お願いします」




クスクスクス…



どこからか笑い声が聞こえてきた。

「わらしちゃん…?」


クスクスクス…ゆうきくんかくれんぼだよ。

わらしをつかまえてね…


えっ、そうなの?

わらしちゃん、かくれんぼしてるのか??

それじゃあ僕が見つけないと、自分から出てきてくれないんだね??


「みーつけたー」


白い光の向こうに、大きくなったわらしちゃんがいる。

でもその姿ははっきりとは見えない。

「見つかっちゃったー。でも10秒以内にゴールに先にタッチしないとゆうきくん負けだからねー」


ええっ!?

かくれんぼってそういうルールだったっけ??


「いーちにーさーんしー…」


ハァハァ…

いくら走っても追いつけない。体力こんなに落ちてるのか??


「ごーろくしちはーち…」


ゴールの木は目の前だ。


「きゅー…じゅーう!」


パチッ


「どっちが先!?」


手を伸ばしたところで、目が覚めた。


「夢か…」


天井が高い。

あぁ、ここはおばあちゃん家だ。

蔵を出て、部屋でうたた寝してたんだ。


「かくれんぼ…」

いたずら好きのわらしちゃんなら、なんかほんとにおにごっこ気分で、

ゆうきくんわらしをみつけてね♪

なんて今でも思ってるかもしれない。

そんな気がしてきた。

「マジかも」


フッ


「まぁそれもありかもな」


結婚の約束をした座敷わらしちゃんの生まれ変わりの少女を見つけ出す、人生の長いかくれんぼ。そう考えたら、ちょっとワクワクしてきた。

今さら焦っても仕方ない、のんびりいこう。

彼女はまだ17歳だ。

暗い蔵の中で、僕は光明を得た。




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