〜覚醒編〜 第三話 涙の反省会
恋愛相談があっという間に失恋なぐさめ会になってしまうという、悲しい顛末。
大人になっていてよかった。辛いことも酒で流せてしまう。
さすがに人前で号泣することはできないが、心に涙の雨が降る。
ひゅーるりー ひゅーるりーららー
店内BGM、今度は演歌か。
いいなぁ、八代亜紀。名曲だよ。
さみしさを包みこんでくれる歌声。
「佐藤くんさぁ、恋愛経験ないって言ってたけど、それなら失恋もしたことないってこと?」
「いや…それがあるんです。高校生の時ですケド。つきあってた子、オレのことは貢いでくれるキープくんとしか思ってなくて、僕が親友だと思ってた男とクリスマスイブの日に部室でエッチしてたの見ちゃったんです。しかも浮気相手が何人もいたのを後で知るという」
「えっ!?えぐっ。それってトラウマレベルじゃん!だから??人間不信になって誰ともつきあわなかったとか??」
「そういうわけじゃないですけど…」
あれは確かにきつかった。
17年間ぬくぬくと生きてきて、あんなに辛い想いをしたのは初めてだ。
だけどさっきのエミちゃんの言葉を借りるなら、それがあったから鳥取のおばあちゃん家に行って座敷わらしちゃんと再会したわけだし。
幼い頃ままごと気分で交わした結婚の約束、わらしちゃんは人間になる決意までして待っていてくれた。
きっと、出会うべくして人は出逢い、意味があって別れ、人生は続いていくのだろう。
「オレさぁ、エミちゃんは佐藤くんに好意をもってるって思ってたたんだよぉ」
「えっ!どうしてですか??」
「お釣り渡す時そっと上目遣いで見つめてたり、ホールにいる時も遠くから視線送ってたり、恋する女の子は無意識に好きな男に目で合図送るもんだからね」
「そ、そういうもんですか」
一応恋愛マスターのお言葉だから、覚えておこう。
「だから佐藤くんの気持ち聞いて、あ、これは両思いだから応援しようって思ったんだよー。なのに…」
「僕もね、まだ好きな人がいるとか、彼氏がいるとかくらいなら戦う気持ちでしたけど、婚約者となるとさすがに…」
もう飲みながら苦笑いするしかない。
ふぅ
ん?
ちょっと待って
お冷飲んで一瞬頭が覚醒すると、あるひとつの仮説をひらめいた。
エミちゃんが本当に座敷わらしちゃんの生まれ変わりなら…
結婚の約束してる相手って…
僕じゃん!?
ってことは…
僕失恋じゃないし!
むしろ実るほうだし!
なんで気づかなかったんだろう!?
目の前がパァッと明るくなった気分だ。
「平岡さん…僕の恋はまだ終わってませんよ」
「ん?どした急に??」
「結婚の約束してる相手は、僕かもしれないじゃないですか??」
えっ
………
ぶはっ
「いきなり何寝ぼけたこと言ってんのっ、いいねーそのポジティブ思考!」
酔っぱらった平岡さんはケラケラ笑ってる。
「よかったよかった、佐藤くんがどんだけ落ちこむかと思ったけど、それくらい前向きなら大丈夫だ」
そりゃそうだよな、17年前の座敷わらしちゃんとの約束を知らなければそう思うわな。
あれは、僕とわらしちゃんとだけの誓い。
ってことは、僕自身で確かめないといけないんだ。
「新たなる佐藤優樹、ここに覚醒しますっ」
「お、おぅ。なんだかよくわからんががんばりたまえ」
ふたりで敬礼なんかして、酔っ払ってりゃ怖いもん無しだ。
「うふふ、おふたり見てるとおもしろいですね♪酔い覚ましに冷たいデザートちょっとどうぞ」
エミちゃんが持ってきてくれたのは一口サイズのゆずシャーベット。
「あ~、スッキリするわ〜んだほー」
平岡さんはベロンベロンで、もはや何を言ってるかわからない。
これ以上長居すると酔い潰れかねないので、まだ立てるうちに会計を済ます。
さっきあんな話を聞いたもんだから、レジをするエミちゃんの視線が気になる。
「300円のお返しです」
手元を見ていなかったので、思わず小銭を落としてしまう。
「あっ、ごめんなさいっ」
「いや、悪いのは僕のほう」
エミちゃんの目元ばかり見ていたとは到底口に出せず。
しゃがんでレジカウンター下の床に転がったお金を拾う。
すると…思いのほかエミちゃんの顔が近くにあった。
至近距離で見ると、改めて人形のように美しいその顔立ちや、漆黒のガラスのような瞳の輝きに釘付けになる。
なんだろう、この胸のときめきは。
ドキドキドキドキドキ…
身体の芯から湧き上がる愛しい想い。
なつかしさと、守りたいと想う気持ちと。
僕だけか?
それとも、エミちゃんも何か感じとっているのか?
「あの…」
思わず問いかけしようとした僕の背後に、あの人が。
「佐藤くーん、今日はごちそうしてくれるんだよねごちそうさまーっ。ぶはっ」
「わー!!いきなり抱きつくなーっ!!」
「ぷっ、ふふっ、ほんとにおもしろい人ですね平岡さん」
「ほんとにもぅ…」
ハチャメチャだけどなんかにくめない、いいキャラしてる。
そして今夜も、この人のお守りをすることになる僕。
「ありがとう、また来るよ」
「はい、お待ちしてます。おやすみなさい」
にっこりと、とびきりの笑顔でお見送り。
手を振るエミちゃんに、手を振り返す。
こんなことあったな
わらしちゃん妖怪最後の日、光に包まれ転生の準備をする時。
あの子は満面の笑顔で光の中に消えていった。
小さな手を、大きく大きく降っていた。
あの子をつかまえようと僕は無意識に手を伸ばしたが、つられて手を振り返した。
あれから17年。
いろんなこと記憶が薄れていたが、最近当時のことを鮮明に想いだしつつある。
スライドショーのように、一瞬一瞬が写真のように、映像の一コマのようによみがえる。
それは僕の人生の変化を感じるとともに、新しい未来の幕開けを示唆しているのかもしれない。
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