〜覚醒編〜 第二話 玉砕

『あの、おりいって相談したいことがあるんですけど』

平岡さんに連絡を入れ、いつもの店で待ち合わせ。

「どうした?改まって」

おたがい仕事帰り、向かい合わせのテーブルに座り最初の1杯。

少しづつ日も長くなり、暖かくなるにつれビールがおいしい季節になってきた。

アルコールの力を借り、拳を握りしめ意を決して僕は伝えた。

「あ、あの…平岡さんに恋のキューピッド役をしていただけないかと…」


ブフォー!!


勢いよくビールを吹かれた。


「ス、スマン。ちょっと意外な言葉だったもんで」

「えっ、マズイですか?」

「いや、オレこの歳で恋のキューピッドなんて、想像するとエグいぞ?おっさんが天使とは…。っていうかエミちゃんにマジってことか??」


コクッ


赤面サラリーマンふたり見つめ合う。

なんか見ようによってはあやしい関係に思われかねない。

「僕あの子とは昔会ったことがある気がするんです」

「おいおい運命論か?」

さすがに彼女は結婚の約束をした座敷わらしの生まれ変わりかもしれない、とは口が裂けても言えなかった。頭おかしくなったと思われるのがオチだ。

「そりゃあ佐藤君の頼みならオレが出来ることはなんでもするよ、友達だからね」

「ありがとうございます」

大人になると職場のつきあいくらいで、友人と呼べる人と出会うのは難しくなってくる。

改めて平岡さんのありがたさを感じた。

「で、具体的にオレは何をしたらいいわけ?」

「まずはエミちゃんに好きな人とか、つきあってる人がいるか探りを入れてほしくて…」

「おっ、まるでスパイだね」

007のテーマソングを口ずさみ、なんだか楽しそう。ノリのいい人なので、和製ジェームズボンドは既にやる気満々だ。

「そういえば佐藤くん、ちょっと痩せた?」

「わかります?最近スキマ時間ちょこっとジムに通ってるんです」

実は食生活も変えた。

外食や油っこいファストフードを控え、袋入りの野菜を買ってレンジでチンしてノンオイルドレッシングをかけて毎日食べている。

ジュースをやめ良質の水や緑茶を飲み、コンビニ購入で慌ただしく済ませていた朝食も、定食屋でご飯とお味噌汁にしたり、家で玄米パンのトーストと前日買っておいたサラダとヨーグルトと工夫したり、積極的に身体にいいものを食べてよく噛んでしっかり朝食をとるようにした。

その結果…おもしろいように体重が減りつつある。

体脂肪が減り筋肉もついてきて、身体が変わると心も変わるもの。

気持ちが前向きになり、積極的に行動しようと思う意欲が湧いてきた。

なので今の心境はあのことわざだ。

「平岡さん、今の僕は当たって砕けろの精神なんですよ」

「おおっ、そう来ちゃう??」

「思いきってドストレートに想いを伝えたいんです。ただ悔いなくやり遂げるために、できる限りの準備やリサーチは抜かりなくしておきたいかなと」

「石の上にも三年、習うより慣れろ!備えあれば憂い無しと」

「平岡さん文系じゃないですよね」

「あぁ、生粋の理数系だ。そうでなきゃ金属加工の企業なんて入社できねーぞ」

「意味あってんの最後のひとつだけじゃないですか、知ってることわざとりあえず並べてるだけだし」

「あぁ??日本語のことわざがなんぼのもんじゃいっ、オレTOEICと方言なら自信あるぞ」

「いや、方言は日本語でしょう。どこ出身なんですか」

「ジェームズボンド様はイギリスに決まってるじゃろ~」

なんかもう軽く酔っ払って支離滅裂で、腹を抱えて笑うなんて久しぶりだ。

居酒屋で育まれる大人の男の友情っていうのも、なんだかオツなものだ。


「今日も楽しそうですね。おふたりとっても仲がいいんですね♪」

枝豆とぬか漬け盛り合わせを運んできたエミちゃんがにっこり微笑んでくれた。


ズキューーン!!


これだよ、この笑顔だよっ。

君の笑顔はみんなを幸せにしてくれる。

やっぱり君は座敷わらしなのか??

「このお店で出会った人達が、親しくなってみんなが笑って毎日過ごしてくれたらそれがとてもうれしいんです。まるでここが大家族みたいで」

「エミちゃんは兄弟とかいるの?」

酔っぱらい平岡さんが尋ねる。この人お酒強くないのに飲むのが好きな人なんだ。酔うと普段以上に饒舌になるから、聞き出し作戦にはもってこいの人だ。

「いいえ、ひとりっ子なんです。父ももう他界してるから身内は母ひとりだけで。だからにぎやかな家族に憧れるんですよね」

「えっ、ごめん。悪いこと聞いちゃったかな」

「全然いいですよ~逆にいえば父が健在だったら多分バイトとかもしてないし、そしたらこうして平岡さんや佐藤さんとも出会ってなかったじゃないですか。そう考えたら、すべての出来事に意味があると思うんです」


ジーン…


僕は感動した。

高校生でこんなこと言える子いる??

性格良過ぎだろう。

「えっ、じゃあさ、エミちゃんは早く結婚したい感じ??」


おっ


平岡さんグイグイいくねっ。


「そうなんですよ!高校卒業したらすぐにでも結婚して、温かい家庭築くのが夢なんですよね〜」


マジ!?


これはチャンスか!?


僕はいつでもエミちゃんを迎え入れる準備も経済力も大丈夫だよ!


「ってことはさ、つきあってる人とか好きな人いるわけ??」


ドキッ


いきなり確信をつく質問!!


ドキドキドキドキ…


太鼓のドラムロールのように、脈動が小刻みに動くのが感じられる。


お願いだ、フリーだと言って!


そしたら僕は、猛アプローチをかけるよっ。


ドクッ ドクッ ドクッ


ゴクッ


生唾を飲む。


時が、止まってるようにすら感じられる。


長い沈黙の暗闇の中に落とされた気分だ。


どっちだ!


どっちだ??


「実は、結婚の約束をしてる人が…」



ガビーーーーン!!



ぽっと頬を赤くするエミちゃんの、恋する表現。


マジか



マジですか




「エミちゃーん、こっちおねがーい」

「はーい、今いきまーす。それじゃ、ごゆっくりどうぞ」


パタパタパタパタ…


彼女の走り去る足音とともに、

脱力する僕。

目、白目。



「だ、大丈夫?佐藤くん」

思いがけずなんともスピーディーにミッションを達成した平岡さんは、返答があの内容だけに酔いも覚めたようだ。

「へ、平気…」

なわけないが、とりあえず自分に言い聞かせて座り直す。

「結婚の約束してる人って…」

相手何歳??

さすがに同級生じゃないよね??

いつからつきあってるの??

頭の中に疑問符がまわる。


まわるーまーわるーよ 時代はまわーるー


中島みゆきの歌が店内BGMで流れてきた。

まるで今の僕の心境とシンクロするかのように。


ウソでしょ…?

見知らぬ婚約者の存在。

エミちゃんの心の中にいる想い人。


誰だっ誰だっ誰だーーー!


今度はガッチャマンか。

この店BGMが昭和歌謡なのも気に入ってるんだが、

妙に僕の心を見透かすようにピッタリの曲流してくるのやめてほしい。


茫然自失


ことわざとともに四文字熟語で攻めてみる。


当たって砕けろ


実際玉砕したら、結構ダメージ半端ない。


っていうか、告白する前に終わった。


フラレてもない。


すべてが微妙に中途半端。


まるで未完成の小説。


「佐藤くん、こういう時はとりあえず飲もう」


おかわりビールで再度乾杯。


酔えね。


「芋焼酎ストレートで」


今夜は、強めの酒を飲もう。

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