〜覚醒編〜 第一話 人間は忘れていく生き物だから

人間は、どうして大事なことを忘れてしまうのだろう。

そして、忘れたいことやどうでもいいことは意外と頭の中でこびりついていたりする。


17才の僕が結んでいた、人間に生まれ変わって再び出会うという、座敷わらしちゃんとの約束。

もちろんしばらくは覚えていたけど、時の経過とともにあれは夢だったのかも…とあやふやになり。

大学生の時はかろうじて、わらしちゃんのことを思い出す余裕もあった。

だけど社会人になってからだ。

新入社員の頃は仕事を覚えるので精一杯。

慣れてくるとあれもこれもとやることが増え…。

段々心も身体も疲弊し、妥協し。

楽しかった日々を思い出すのも、自分で考えることもやめてしまっていた。


だから、山の大神様は僕に何回も試練を課していたのか。

ほんとにそうだ。

人間は平気で約束を破る、嘘をつく。

僕もそうなるところだった。


でもこうしてこの街で出会ったのも、偶然ではない気がする。

僕らは出会うべくして生まれてきたんだ、きっと。


目が覚めました。


人は皆、何かの使命をもって生まれてくるに違いない。

絶対僕は、こんな死んだ魚の目みたいに虚ろな顔して定年退職するまで働いて周りに気を遣って休日だらけてひとりさみしく死んでいくためにこの世に生を受けたんじゃないよ。

純真な心をもった妖怪座敷わらしの生まれ変わりの女の子を幸せにするために生まれてきたんだ。

幸せにしてあげないと、僕のためにあの子は永遠の生を捨て、人間にまでなってくれたんだから。


いや、ちょっと待て。


まだエミちゃんがわらしちゃんの生まれ変わりかどうかはわからない。

そもそもどう確認したらいいんだ?

いきなり面と向かって

「あなたは座敷わらしの生まれ変わりですか?」

なんて聞いたら、変な人だと思われて絶対店だって出禁になるに違いない。


………。


頭の中に一休さんが知恵を絞る時の木魚の音が響く。


ポクポクポク


チーンっ


ひらめいた!


僕の閉じていた恋愛バロメーターが開いたってことは、ほぼほぼエミちゃんがわらしちゃんの生まれ変わりで間違いない(はず)

しかし、エミちゃんにその記憶があるかもわからないし。

まずは普通に僕がエミちゃんに好かれ、つきあえることを目指そう。

もっと距離が縮まれば、何かヒントが見つかるかもしれない。

僕自身、何か他に思い出せることがあるかもしれない。

まだまだ忘れてることあるんじゃないか。


忘却は罪なのか、それとも人間に与えられた特権なのか。


新入社員の時はよく言われたよね。

大事なことはメモとれって。

同期の強者は、何が大事なことかわかんないから要点まとめてしゃべってくださいって上司に言ってたけど。

あれくらいはっきりもの言うやつのほうが、結局大事にされて組織でのさばっていくんだな。

僕は自分の意見を言わずイエスマンでここまできた。その結果は、ただの断れない臆病者だ。

いいように使われ、流されるだけ。島流しという名の地方飛ばしにあってないだけまだマシか。

平岡さんは未成年とつきあったりしたら飛ばされるのがオチだぞとか言ってたけど、そんなの気にしてられるか。


もう、会社のイヌになるのはやめよう。

自分で考えて、自分で行動しよう。

誰かの顔色をうかがって生きる人生なんて、自分の人生じゃない。

自分が幸せにすると決めた人を、大事にしよう。

誰になんと言われようとも。


そんなことに気付いた、休日の夜。


「忘れないようにメモ入れとこう」

スマホのメモに決意表明を書く。


人は、忘れていく生き物だから。

今日感じたこの気持ちを忘れないように。


くじけそうな時、進むべき道に迷った時、

何度でも繰り返し読み返し、気持ちを鼓舞できるように。





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