〜佐藤優樹の内情〜 第二話 この恋は犯罪ですか

行きつけの居酒屋の看板娘、若一恵三子さん(通称エミちゃん)への恋心に目覚めた僕の日常は、少しづつ変わり始めた。

なんだろう。

毎日が浮かれ気分だ。

今までは春なんてなんとなく気持ちも不安定になるしいつ異動の辞令が下るかとビクビクしていたし、花粉症もひどくなるしなんらいいことなんてなかった。


だけど


年甲斐もなく身だしなみに(ちょっとは)気を使うようになったし、仕事の後あのお店に行くのが楽しみだし、店の入口を開けて中をのぞきこみ、エミちゃんが

「おかえりなさい」

って声をかけてくれると、1日の疲れも吹っ飛んでしまう。

常連さんみんなにそう声をかけているんだけど。

僕には自分だけにそう言ってくれてるように感じられた(なんておめでたい)


「最近少し早目に来てくれるようになりましたね。うれしいですっ」

うふふ、とエミちゃんはよく笑う。

その笑顔の破壊力は百万ボルトレベルで、僕の夕食はもはやこの店オンリーになっていた。

一歩間違えればストーカーか?と思われかねないが、家庭料理が売りのこの店には連日通う人も多く、いつしか顔なじみになりちょっとした世間話をしたり、時には一緒に酒をのむ飲み友達もできた。

その中のひとり、平岡さん。

僕よりひとつ年上で、年齢が近いこともあり意気投合。お互い独身。職場も同じオフィスビル内。

「ここ、いいよね。安くてうまい。酒の種類も豊富。ひとりもんなら足繁く通いたくなるし。何よりエミちゃん!かわいいよねー、あの子」


ムムムッ、ライバル登場か??

なんて最初は少し焦ったけど、そうではないらしい。

「エミちゃんはみんなのアイドルって感じだよねー。オレももうちょい若かったらマジでアタックするけど、さすがに高校生はまずいよなー」

「えっ!?そうなんですか??」

「だってもし本気で好きになって付き合おうとしてもまず30代なんて年齢的に相手にされないだろうし、万一うまくいったとしても彼女未成年だよ??周りからも犯罪だと思われちゃうし、会社に知られたら地方にとばされるか下手すりゃ解雇」

「か、解雇??」

「まーそれくらい心象が良くないってこと。世間に知れたら会社のイメージダウンにしかならないだろうし」


そういうもんか…。


「何?もしかして本気で狙ってんの??」

「いや、その、狙うとかではなくて、純粋に…片思いというか…。僕社会に出てからそうそう友達もいなかったし、彼女とかも一度もできなかったし、ある意味世間知らずなんですかね…。感覚が人より遅れてるというか。この年で恥ずかしいですね」


ぷっ


「あっ、今笑いましたね??」

「スマンスマン、なんていうか佐藤くんがピュア過ぎて。いいなーそのキャラ」

平岡さんは人をおちょくるように笑い転げている。

「笑い上戸ですか、ったく」

「いやー、オレ自身も含めて今どきそんな純粋なヤツ身近にいないから、新鮮でいいなー、と思って。だって打算の恋愛ばっかだもん。言い寄ってくるのは肩書と年収に惹かれて結婚して玉の輿にのりたいって願望見え見えな女とか。オレも気付けば誰かを本気で愛せなくなって、結婚も恋愛もめんどくさいからいっかなー、とか思ったり」

「そういうもんですか??そういうセリフは恋愛数こなしてるから言えるんですよ。僕みたいに恋愛未経験だと何から始めたらいいかもわからず、ただ自分の中に湧き上がった恋心に気付いてひとりで舞い上がってるのもどうかと思いますけどね」


そう。

34歳で女子高生に片思いなのが、犯罪的にヤバいということにも気付かなかった。

それくらい僕は浮かれていた。

現実がみえていないくらい。


「まぁだけどあれよ。親の同意があれば未成年とつきあっても問題ないみたいだし」

平岡さんはネットで検索して、知恵袋からアイデアを絞っている。

「親の同意も何も、まず大事なのはエミちゃんの気持ちですからね。僕の片思いは置いといて」

「何かオレ俄然佐藤くんの恋を応援したくなってきたっ。オレにできることがあれば協力させてよ!」

僕の手を握りしめる平岡さん。大人の男ふたりがいくら酔っ払ってるとはいえ、気持ち悪い。

「わぁ〜なんだかお話盛り上がって楽しそうですね、うふふ」


どうすんだよ平岡さん!

変なとこエミちゃんに見られちゃったじゃないかよっ。

ゲイだと勘違いされたら僕どうしようもできないし!!


人の気も知らず、平岡さんはヘラヘラ笑っている。


チクショウ


お会計。

泥酔してごきげんな平岡さんを置いてお金を支払う。

アナログな僕は電子マネーとかではなく現金派。

おつりをもらう時、またエミちゃんの指がかすかに触れた。


ブワァー…


またしてもこの前のように、春の風が吹き抜けるような、見えない何かが内側から花開くような。

不思議な気持ちが湧き上がる。


僕と同じ気持ちなのか?

エミちゃんも驚いたような表情でありながらも、頬を赤く染めて僕を見上げた。


「あ、あのっ。明日は鳥取名物のいただき作るそうなので、よかったら来てくださいね」

「あ、あぁ。もちろん来るよ。ありがとう」

「おやすみなさい」

とりあえずタクシーをつかまえるまで、平岡さんに肩を貸して歩く。

「佐藤くん…プラトニックな恋なら未成年とつきあってもだいじょうぶ…むにゃむにゃ…」


ブッ!


プ、プラトニックも何も、

そもそも片思いって何にも手出しできないんだから全部プラトニックじゃないですか??

恋愛百戦錬磨の平岡さんは何考えてるんですか!?


17才の年の差なんて中高年になればなんてことないけど。

「相手未成年って、普通に考えたらヤバいよな…」

せめて自分がもう少し若ければ。

高校生同士、もしくは学生同士なら問題ないもんな。そんなカップルざらにいるんだし。

自分が大手企業の社員だから、端から見たら援助交際とかなんかヤバそうな関係にみえるのか。

平岡さんが言いたいのはそういうことだな。

だけど、あれだ。

今は何も始まっていない。

自分の気持ちに気付いたという、スタート地点にたったばかりだから。

どう考えても年齢2倍の一常連客のひとりを、たやすく恋愛対象に見るような軽い女の子ではないと思う。

僕の好きなKANさんの歌に、言えずのアイラブユーという曲がある。


ぼくの本当の恋は ふられてから始まる。


たしかそんな歌詞だった。


たとえ周りがなんと言おうと

一歩間違えれば犯罪だと思われようとも

決して邪な気持ちでなく

世間に誤解されるようなことをしなければ

恋愛は自由なんじゃないか。

彼女につりあうような自分になって

告白して

それでふられたらそこが再度のスタートライン。

何もしないで

あきらめて

今までのような情けない

弱い自分には戻りたくない。

だから

一歩踏み出してみよう。


「よっしゃ、やったるで!」

自分改革を。

声に驚いて傍らの平岡さんが目覚める。

「その調子〜応援〜むにゃむにゃ…」

多分何もわかっていないこの人。

だけど、応援してくれる友ができたことがうれしかった、少し肌寒い春の夜。



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