〜佐藤優樹の内情〜 第一話 こんなはずじゃなかった

「疲れた…」

毎日仕事終わりにはこの言葉が口グセになっている。

当たり前化している無駄な残業。

要領いいヤツは適当な理由つけてさっさと退社。

朝一番、誰よりも早く出社して、誰よりも遅く退社する。

職場は立派なオフィスビルだから、セキュリティも万全。入口横のパネルで操作するだけで、自動で施錠される。


佐藤優樹、34歳。

大学卒業後そこそこ名の通った大手企業に無事就職。前途洋々なはずだった。

あれから12年。

世渡り上手な後輩に先を越され、地味な雑用ばかりを押し付けられ、断れない性格が災いし余計な仕事だけが増えていく。

周りからはお人好し認定され、愛想笑いをふりまき人と争わず無難にやり過ごしてきた結果が、今のジブン。


仕事を好きとも楽しいとも思えず、なんで嫌なことで時間を費やさなくてはならないんだろうかと自問自答するも、今さら他を探そうという気にはなれない。

仕事なんて食ってくために仕方なくするもんだし、選り好みなんかしてる場合じゃない。

残業手当もボーナスもある程度まとまった給与も保証されている。

それを捨てて一からやり直すなんて、それこそ時間の無駄に思えた。安定した生活のためなら、何かを犠牲にしなくてはならない。


そう己に言い聞かせていたら年月だけが過ぎていき、心も枯れてどんどんおっさん化している自分に気づく。

増えつつある、抜け毛。

日増しに増える腹の脂肪。

洗濯する時に感じるかすかな加齢臭。


同僚や後輩は合コンだの、マッチングアプリで彼女見つけただの、プライベート充実してる自慢話を休憩スペースでうれしそうに話している。


リア充め。


休みの日はデートだと??

有休とって海外旅行だと???


オレの休日なんて!休日なんて!!


………


1日中寝てファーストフード食って、虚しく終わるんだよっ。


…と何度心の中でつぶやいたか。


高校の時やってた弓道を大学で再開し、あの頃はシュッとして姿勢も良くて、心も真っ直ぐだった。

だけど、アレだ。

人間打ち込むものがないと、どんどんしょぼくれてくる。

加えて社会という大海に出て、自分より優れた人間がゴロゴロいる世界を知ると、さらに自分がちっぽけに思え、背筋も曲がってくる。


大学時代までは実家暮らしだったから食事も豊かだったが、姉が結婚して家業を一緒に手伝ってくれる旦那さんが同居することになったので、就職を気に僕は一人暮らしを始めた。


姉ちゃんからは

「これで彼女呼び放題だねヒューヒュー♪」

なんてからかわれたが、

残念ながらそんな子ができたことは一度たりともなかった。

コミュニケーションが苦手で引っ込み思案。

見た目も普通。

名字も日本全国でありふれた佐藤。

そう僕は、特に何の取り柄もない。

秀でた部分もなく、自分に自信がない。

そんな僕を、誰が好きになってくれるものか。


こんな僕だから、誰かを好きになって告白するなんてこともなく、今の今まで生きてきた。

仕事一筋といえば聞こえはいいが、要は現実から逃げてる人生の負け組だ。

転職と一緒で、あえて積極的に彼女を作ろうとも思わない。新しいことに挑戦する気力がない。家に寝に帰るだけの、こんな毎日では。


何につけても、失敗するのが怖い。

守りに入り、現状維持。

キラキラしてる昔の友人のSNSや、同僚達を見て思う。


こんなはずじゃなかった!と。


オレだってオレだって…

もっと違う人生を歩みたかった。

なんていうかこう、前向きで積極的で、仕事もプライベートも充実してるような生き方を…。


はぁぁぁぁ…


今夜もため息が漏れる。


今日はいつも以上に内心ぼやきが多いのは、アレだ。

学生時代の友人から、結婚の知らせがきたからだ。

それが原因で、僕はアンニュイな気持ちになり、ひとりさみしく酒を飲んでいる。


『お前も早くいい子見つけないと、取り残されちゃうぞ』


うるせーよ


その余計な一言に、思わずスマホを投げつけたくなった。


あーあ…


春…


世間が花咲くほど、僕はブルーな気持ちだ…。


そういえば昔、結婚の約束をした子がいたような。

しかもあの子座敷わらしとか言ってなかったっけ。

10代の自分は、まだ純粋だったよな。

ってか、あれって夢だっけ?

就職してから毎日激務で過酷過ぎて、学生の頃のことあんま覚えてないよな…。


アルコールがまわり、頭の中がぼんやりして夢心地。

ふわふわして一番気持ちいい頃合いだ。


「おまたせしました、大山鶏の焼鳥です」

「ありがと。うわっ、うまそー」

テーブルの上には目を通していた書類が散乱している。

皿を受け取ろうと手を差し出した瞬間。


ふと、その子の指がふれた。


温かな指。


ブワーッ…


なんだろう。体中の毛が、逆立つような感覚。

人の目を見て話すの苦手なんで今まで顔を伏せていたが、最近来るようになったこの店の看板娘。

初めてマジマジと顔を見た。


うぁー…


な、


なんてかわいいんだ!!



色白の小顔で、パッチリとした大きな瞳。

サラサラでツヤツヤの黒髪のボブ。

髪の毛が落ちないように三角巾を巻いているが、店の黒い半袖Tシャツに薄いピンクのハーフエプロンがオシャレに映る細身のスタイルの良さ。

メイクはしてないだろうに、フサフサで艷やかな長いまつ毛。

白い肌に映える血色の良いふっくらとした唇。


僕の心は一目でこの子に奪われた。

そんなこと、34年生きていて初めてだ。


ドラマや漫画なら、今ここに春の風が吹いている。

一瞬、時が止まったかのように思えた。


エモい瞬間。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る