〜わらし転生編〜 第二話 名言
「いらっしゃいませー」
「おっ、今日はエミちゃんいるねー。よかった」
「うふふ、いつもありがとうございます♪」
バイト先の居酒屋さんには、いろんなお客さんが来ます。
ひとりで静かにお食事をされる方もいれば、仕事後に同僚の方たちとワイワイ楽しまれたり。
ご家族やご友人、カップルとシチュエーションは様々です。
ここでは明るい感情がいっぱいです。
にぎやかなグループはオレンジ、仲良しの人達はピンク、若い人達はイエローと、活気がみなぎっています。
お酒が入ると、大人ってこんなに陽気になるんですね。わたしも成人したら飲んでみたいです♪だってとっても楽しそう。
あっ、申し遅れました。
わたしの今の名前はエミコ。
若一恵三子(ワカイチエミコ)です。
バイト先ではエミちゃんって呼ばれ、皆さんからかわいがってもらっています。
わたし目当てに来てくれる常連さんも多くて、みんな家族みたいです。
家では病気がちのお母さんとふたりだけだし、わらし時代は蔵の中でほぼひとりだったので、たくさんの人に囲まれて過ごす時間はとても幸せです。
座敷わらしが商売繁盛の力があるのは、もしかしたら自分がさみしい想いをしているので、人が恋しくて呼ぶからかもしれないですね。
ある日、かなり遅い時間に、ひとりの男性が来店しました。
とても疲れた様子で、灰色にくすぶった感情を抱えていました。
「ご注文お決まりですか?」
なかなかお呼びがかからないので声をかけると、テーブルの上にはお仕事の書類みたいなのが散乱していました。
「あ…とりあえずビールで」
「かしこまりました」
フゥ…
ため息をついて書類を片す男性。
声も弱々しく、ちょっと心配になりました。
あまりに生きる気力が感じられなくて。
「おまたせしました。あとこれ、サービスなんでよかったら召し上がってください」
ビールの隣に、店名物の湯豆腐を置いた。
「あ、ありがとう…」
何か温かいものを食べて、少しでも元気を出してほしくて。
このお店のお豆腐は、近所の老舗のお豆腐屋さんが手作りしているもので豆の味が濃厚でとってもおいしいんです。
離れたところから様子をみていると、一口湯豆腐をほおばり、うまっ、とそのお客さんの顔がほころぶのが見えました。
「よかった…」
ここに来たら、おいしいものを食べて楽しく過ごしてもらって、みんなに元気になって帰ってもらいたい。
それがお店のご主人の願いでもあり、わたしも同じ気持ちです。
わたしが座敷わらしになる前、小さな子どもとして生きていた頃、暮らしていた村に残る伝承。
村は貧しくて度々戦や自然災害にあい、食べ物がなく働けない幼きものは食いぶちを減らすため、無常にも殺されてしまうこともあったそう。
ごめんねごめんね…
泣きながら悔やむ痩せこけた母親達の姿もあったそうです。
自分がお腹を痛めて産んだ子を手にかけるという、この世の地獄。けれど生きていくためには仕方なかった。それくらい、昔は過酷な世の中だった。
今は食べるものにも寝る場所にもそう困ることはない。
一見豊かに見えるけれど、なぜでしょう。
わたしの目には、あまりにも生き辛さを抱えたり、心が貧しくなっている人が多いように感じます。
だけど昔も今も、おいしいものを食べたら人間元気が出ます。
悲しいことや落ちこむことがあっても、食べたらお腹から力がみなぎります。
食べることは生きること
いのちあるものは、別のいのちをもらって生きていく。
自分の命は多くの命からできてるのだから、
それも含めて大事にしていかないといけない。
俺は料理人としての生き方に誇りをもっている。
おいしいものを食べると、皆笑顔になる。
誰もを幸せにできる仕事だから。
食は命のリレーであり、俺は調理でその橋渡しをしているんだ。
お店のご主人の口ぐせです。
わらしがいたおうちのおばあちゃんも言ってました。
人間生きていればいろんなことがあるけど、食べてればなんとかなる。
体力つけてふんばれば乗り越えられることも、食べてなければ気力も枯れて壁を超える前に倒れて進めなくなるけん。
だけん毎日の食事は大事なんよ。
丁寧に食べるいうことは、毎日の暮らしも丁寧になる。
それは自分の人生を大切にしちょるゆうことだけんね。
自分を大事にしとらんで、どうして周りからも大事にされるかね。
自分を守るのはまず自分自身だけんね。
おばあちゃんもおばあちゃんの娘、優樹くんのお母さんですね。
わらしのことがみえるみたいで、さり気なく話しかけたり、おやつやお食事を置いてくれることがよくありました。
今日はひなまつりだけん、ちらし寿司作ったよ。
あの桜でんぶ、あまくっておいしかった。うふふ
お彼岸だから、おはぎ食べようね。
座敷わらしでは肉体はないから実際食べることはできないんだけど(残念ながら)
実体のないわらしに用意してくれたこと(ちゃんとお下がりいただいて食べ物も無駄にしないでいてくれていたし)
わらしが隠れてみていても声をかけてくれたこと。
それがすごくすごくうれしかったのを、わたしは今でもおぼえています。
誰かにやさしくされたことは、時が過ぎても心をあったかくしてくれます。
だからわたしは、誰かが困っていたら、手を差し伸べたいです。
心が氷のように冷たく固くなっていたら、溶かすためにはどうしたらいいか考えて行動したいです。
それが、今日来たあのお客さまでした。
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