第十話 燦々さくらの咲く頃に

春、3月。

春休みになった。

怒涛の三学期、顔も合わせたくないふたりとできるだけ接点がないように過ごし、僕はひたすら勉強した。何か打ち込むことがあれば余計なことを考えなくて済む。

そしてカレンダーには1日終わるごとに、斜線を引いて約束の日を待った。

もう1日、あと1日と。

1月は行く2月は逃げる3月は去るとはよく言ったもので、厳しい寒さもあっという間に過ぎ去り、分厚いダウンコートが薄手のコートになると、気持ちまで軽くなる。

そんな想いで迎えた終業式、来年がどんなクラスになるかという若干の不安はあるものの、束の間の長期休みに胸踊る。

僕は再び行くんだ。鳥取のおばあちゃんの家へ。

そしてその時、僕はラストミッションをクリアできる。



「いってきます」

3月25日、早朝。僕は高速バスターミナルにいた。

ちょうど3ヶ月前、どん底の気持ちで同じ場所にいたのに、今はこんなにも希望に満ちた想いだ。

あの日の自分に声をかけてやりたい。

その悲しみはすぐに消えるから、と。

今思えば雪の中座敷わらしちゃんと出会い、そこから僕の運命は変わりだした。

無理に作り笑いをして相手に合わすんじゃなく、堂々と自分の意見を言えるようになった。

流されるんじゃなく、自分の道を決めて進めるようになった。

今の自分は、わらしちゃんのおかげで強くなれた。


すっかり雪の溶けた米子自動車道。

山の合間には所々白い雪の固まりが残っているが、ちらほらと桜の花が咲いていた。

「優樹おかえり」

江府インターにはまた祖父母が迎えに来てくれていた。おじいちゃんがまだまだ元気に運転できるのを見ると安心する。

「3月に入って急に温かくなったけんね、今年は桜の花も早いようで」

おばあちゃんもにこにこしている。

「ふたりとも元気そうでよかった」

「そりゃあまた大事な孫が来てくれるなんて、こんなにたくさん会えたらうれしいけんね。またおいしいものたくさん作るで、いっぱい食べていきよ」

おばあちゃんの手料理、それはほんと楽しみだ。

そして今回は、約束を果たしに来た。

待っててね、わらしちゃん。今いくから。


「着いた…」

相変わらず広い一軒家。雪がないと余計に広く見える。

あのかまくらはさすがにもう残ってないが、思い出はちゃんと胸に刻まれている。

「かわいい雪だるまだね」

玄関の門の上には、溶けそうな小さな雪だるまが飾られていた。

「あら、残り雪で誰が作ったんだろ?出る時はなかったのにねぇ。近所の子が置いてったんだろうか」


クスクス…


遠くで笑い声が聞こえた。

僕にはわかった。それはわらしちゃんの歓迎の印なのだと。


家に入り、まずは仏壇に手土産を備えご先祖様にご挨拶。

「あら、うれしい。優樹よく気がつくようになったねぇ」

「お母さんから田舎帰ったらちゃんとそういうこともしておいてねって頼まれたんだ」

田舎の仏壇だから、それは豪華で見事なものだ。

今まであまり気にしていなかったが、前回訪れた時、もしかしたらわらしちゃんはこの家のご先祖様なのかも、と思ったこともあり、自然と意識が向くようになった。


おばあちゃんが昼食の支度をしている間に、僕は蔵の方へ向かった。

大事な要件を抱え、少しドキドキする。

いよいよ、3つ目のミッションを攻略する時!


ギィ…


かんぬきを開け中に入ると、冬場より日が入って明るかった。

燦々と太陽の光を浴びて、蔵の横にある早咲きの桜の木は、すでにたくさんの花をほころばせていた。

「わらしちゃん…」

そっと声をかける。

「おみやげも持ってきたよ…」

お菓子が大好きなわらしちゃんのために、甘いチョコマシュマロを。

神出鬼没な子だから、また前みたいにいきなりどこから飛び出してくるかわからない。

意識を四方八方に研ぎ澄まし、高鳴る胸の鼓動を感じながら、僕は進んだ。

「おかえり優樹くん!」

「わぁビックリした!やっぱり急に来たぁ」

前方の柱の影から、ちょこんと現れたかわいい子。

「最後のミッション。約束したこと、僕は守ったよ」

「…ありがとう。やっぱり来てくれたね。わらし、ずっと待ってたよ」


山の大神様から与えられた3つ目の課題。それは

『3つ目の課題を聞いたちょうど三月後同じ日に、わらしをちゃんと迎えにくること』

これが1日ずれてもアウトらしい。


『人間は平気で約束を破る、忘れる。

だからこそ、確実に約束を守れるかどうか試し、

それができたのなら信頼できる人間として

わらしを人間にしても良い』


だから僕は、カレンダーに印をつけ、指折り数えて今日という日を待った。

体調不良や怪我などで身動きとれなくなることもないよう、常日頃から行動に気をつけ、万全を期した。


「山の大神様、僕は約束を守りました!だから、どうかわらしちゃんを人間にしてくださいっ」

僕は大山の方へ向かって手を合わせ、真剣に祈った。

わらしちゃんも同じように、僕の横で真剣に手を合わせ、目を閉じている。


するとどうだろう。

一瞬、目の前が神々しく輝きだした。


フワァ…


そんな時期ではないのに、桜の花びらが舞い散るのが見えた。


キラキラ

 キラキラ


その美しい光景に、言葉を失った。


「わらし…そなたが選んだ男は、無事三つの課題を成し遂げた。そなたの願いを叶えよう。人間として生まれ変わるのだ」


声が頭の中に響いた。

これが神様のお声なのか。


「大神様、ありがとうございます…」


やった!これで晴れてわらしちゃんは人間になれるんだよね。

感極まり、涙が出る。


僕のイメージとしては、このままわらしちゃんが大きくなり、人間として生活していくものだと、勝手に解釈していた。

(大体おとぎ話とかそうだよね)

ただそれだと、現実問題として戸籍もないし、どうやって生きていくのかが疑問だった。

するとわらしちゃんの口から衝撃的な発言が。


「それじゃあ優樹くん、わらしはこれから誕生しようとしている魂の中に入り、人として生まれ変わるから。わらしが大きくなるまで待っててね」

「えっ?」

思わず耳を疑った。

「えーっと…じゃあ僕は今17才だから…わらしちゃんが今から生まれて僕と同じ年齢になると…その頃僕は34歳!?」

17才の僕が、2倍の歳をとり30代になっていることに、全くイメージが沸かなかった。

「大丈夫っ、わらしは前世の記憶をもったまま転生するらしいの。そういう話世界中によくあるらしいのよね~。どこにいても必ず、優樹くんを見つけるから、待っててね。その頃の優樹くんがどんなふうになってるか楽しみだね♪うふふ」

「え〜。。。」


勉強を頑張っていたのも、すぐに推薦で大学受かって今年の夏は人間になったわらしちゃんと幸せなラブラブ高校生活を送りたかったからなのに。

まさかこれから何十年も待つことになろうとは…。


一瞬がっくりを肩を落としたが、チョコマシュマロを食べて喜び(食いしん坊め)桜吹雪の中歓喜の舞をしている姿がかわいすぎておもしろくて、思わず吹き出した。

「まぁいいか。せっかくわらしちゃんの願いが叶ったし、僕らはまた会えるんだから」

時を越えて再会する、なんだかそんなのもロマンチックだよね。

「待っててね、優樹くん。わらしすっごくすっごくかわいくなって成長して、すてきなお嫁さんになるね。さくらの咲く頃に、また会おうね。やくそく」


ゆびきりげんまん


「またゆびきりだね」

温かな小さな手を握りしめ、僕は誓った。

「僕もわらしちゃんにふさわしい大人になるから。ずっと、待ってるから」


うん


光に包まれ、愛しいかわいい僕のわらしちゃんは、空に昇り消えていった。


これが、僕が17才の時に体験した、不思議な出来事だった。



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