第八話 かまくら幻想

昔から何かを締めくくるのに、3という数字がよく使われる。

三三七拍子しかり、三本締め、二度あることは三度ある、三度目の正直、と。

割り切れないことにも意味があるんだろうか。

山の大神様から与えられた、わらしちゃんが人間になるための課題も3つ。

これらは主に、僕がわらしちゃんにふさわしい人間かどうか、神様にテストされているのだ。

2つを無事クリアし、残るはひとつ。

「それはね…ゴニョゴニョ」

「なんだそんなことか」

耳打ちされたラストミッション、それは僕にとって容易いことの用に思えた。

「大神様言ってた。人間は平気で約束を破る生き物だ、自分の都合ばかりを考える身勝手な生き物だって。だから、優樹くんがちゃんと約束を守れる信頼できる人間かどうか、それを確かめたいんだって」


確かに、人間は平気で約束を破る。

嘘もつくし、自分に都合のよい言い訳をする。

僕もそんな人間をたくさん知っている(つい最近もあったけど…)

だけど、全人類を代表してすべての人間がそうではないということ、この機会にきちんと神様に知ってもらわなくては。

僕は俄然奮起した。

「待っててわらしちゃん。僕は必ず約束を守り、最後の課題をクリアして、神様に合格点もらうから」

「うん、やくそくー」


ゆびきりげんまん


「またゆびきりしたね」

10年前と同じように。

僕は成長した。背も伸びて大人の一歩手前まできた。

わらしちゃんはあの日と何ひとつ変わらない。

無邪気でかわいらしい子どもの姿のまま。

ガラス玉を見つけていた時思ったこと。

これを遊んでいた人も大人になり、このおもちゃを置いていった。

みんな大人になっていくって勝手に思っていたけど、それは決して当たり前じゃない。

ピーターパンみたいに永遠に子どもでいたい、大人になりたくないって言ってる子もいるけど、大人になりたくてもなれない子もいたんだね。


座敷わらしの由来としては、昔は飢饉や戦で食べ物もなく口減らしのために殺されてしまった子どももおり、その子を供養するものがこけし人形で、死んでしまった子どもを家の守り神として祀ったとか、自分の分まで家が繁盛してほしいと居ついて幸せを呼ぶ妖怪になったとか、いろんな説があるらしい。

わらしちゃんはどうなんだろう。

昔は人間だったようなことも言ってたし、この家にいるってことは遠い昔のご先祖様なんだろうか。

あの着物がわらしちゃんのなら、振袖を仕立ててもらってることを考えると若くして亡くなったお嬢様とか。

人間になったら、どういう感じなんだろう?

こんなきれいな顔してるんだもん、大人になったらすごい美人だろうな…。

僕はまだ見ぬ未来への希望を、妄想という名とともに胸にふくらませた。



その夜。

僕は昼間作ったかまくらの中にロウソクと温かいココアを持ちこみ、ひとりでぼんやりと過ごしてみた。

中は大きくないので、体育座りをして身を縮こませる。

「なんかこの狭さ、落ち着くな…」

薄暗いし、なんだか母親の胎内にいる時ってこういう気持ちなんだろうか、そんなふうに思った。

「お母さんにも心配かけちゃったな。帰ったらちゃんと謝って、お礼を言っとこう」

きっとお母さんのお腹の中にいる時、子どもは包まれて安心しているんだろうな。それは多分、アレだ。外の世界に出たら危ないことだらけ、怖い人も大勢いるし、騙されたり傷ついたり、いろんな辛い気持ちを味わう。

荒波への航海を前に、せめて束の間の安らぎを。その幸せな記憶がきっと、悲しみに打ちひしがれた時に、自分を支える糧となるから。

そう感じた。


「よばれてとびでてジャジャジャジャーン!」

「うわぁまたかビックリするなぁ」

ポンと、再び目の前にわらしちゃん登場。

「かまくらの明かりにつられてやってきましたー。わらし、古風なもの大好きだもん」

こう突然出てこられると心臓にちょっと悪いが、まぁいずれ慣れるだろう。

「温かいココア飲む?」

「うんっ」

水筒のコップにほかほかのココアを注ぐ。

湯気の向こうで、ふーふーと冷ましながらコップを手のひらで包みこむ姿はなんとも愛らしい。

「あまくっておいしいー。わらし、甘いもの大好きなの。ココアってあんまり飲むことないからうれしなー」

わらしちゃんの喜ぶ笑顔は、僕の心を満たしてくれる。

「わらしちゃんは、人を幸せにする天才だね」

「そっかなー、そうだよねー、よく言われるのぉ」


うふふ

この子はほんとうによく笑う。

「わらしは、心がきれいでやさしい人が好きなの。だからそういう人にはしあわせいっぱいあげたいのー。心が汚い人にはなんにもしないけどね」


ちゃんと人を見極めててえらいぞ、わらしちゃん。

僕は人を見る目がなかったから、ただのばかがつくお人好しなんだ。

「わらし、人の心が色で見えるの。数日前ここに戻ってきた優樹くんは、ものすごく悲しくて、真っ黒に近い濁った青色だった」


ズキッ

わらしちゃんにはなんでもお見通しなのか。

「優樹くんの心がとても傷ついていた。こんなに悲しくて辛いなら、もう死んでしまいたい。そんなふうに思ってたよね」


ドキッ

何でも、お見通しなんだね。

「死んだほうがマシだなんて、簡単に思わないで。死んじゃったら後悔しかない、残された人も悲しむもん」

「あ、いやそれは言葉のアヤで。ほんとに死んだりしないから大丈夫だよ。それに今はわらしちゃんもいるし…」

「絶対、ぜったいだからね」

必死な顔で念を押すわらしちゃんから、本気の度合いが伺えた。本気で僕を心配している。

もしかしてわらしちゃんは、僕が死んでしまうんじゃないかって、ずっと心配して側にいてくれたのか。

家族でも気づかなかった心の深いところにある絶望感、人生投げやりになる自暴自棄なヤケクソな僕に気付いていたのか。

わりと平気なふりしてたのに。

「最後のミッションとかけて、もうひとつ約束するよ。これから先何があっても、簡単に死にたいとか考えない」

「うん、絶対だから。わらしが優樹くんを守るからね」

「それは僕の台詞だ。これから先ずっと、僕が守っていくから」

僕のために永遠の命を捨て、人間などという愚かな生き物になることを選び、見守ってくれる存在。

この子の無垢な気持ちに応えるためにも、強くなりたい。

必ず最後のミッションを果たしてみせる。

僕は心に誓った。

小さなかまくらで過ごしたふたりの時間、永遠に心のともしびとなれ。

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