第七話 ロープレ的山の神との契約

「はーいおめでとう!第1ステージミッションクリアー!!」

「うわぁービックリしたー!!」

突然煙の中から飛び出るマジックの鳩のように、目の前にいきなりわらしちゃん登場。

「あの日の約束、よくぞ思い出してくれたっ。わらしうれしいっ」

空中でぷかぷか浮きながら、うれし涙を着物の裾で拭う座敷わらし。

「ちょっと待って、なんで空中に浮かんでるの」

「えー、だってもう人間の子どものふりしなくても妖怪だってバレてるし〜。浮力に身をまかせてるほうが楽なの〜」


そ、そういうもんか。

よくわかんないけど、僕はあるがままを受け止めることにした。

「ところでミッションクリアってどういうこと?」

まるでRPGゲームの世界的な気になるワード。

「あのね、わらし10年前優樹くんが帰ったあと、山の大神様にお願いに行ったの。大山(だいせん)の山深くにある祠に眠っていらっしゃる神様ね。その神様は普段は静かに息を潜めて人間界を見守っているんだけど、妖怪や神仏の世界も統治していらっしゃるすごい力を持った神様なの。でね、一生懸命お祈りしたの。優樹くんとずっと一緒にいたいから、どうか人間にしてくださいって。多分人間の時間だとすごくすごく長い時間が経ったと思う。ある日、祠から光が差して、神様がお目覚めになって言ってくれたの…」



深い深い山奥の森の中。

誰ひとり立ち入る者もいない聖地。

何度日は昇り、何度月が傾いたことだろう。

雨の日も風の日も、暑い夏も雪深い冬も。

ただひたすら祈り続けた。

『人間になりたい』

心通いあった男の子と共に歩む生き方を選ぶため。

着物は傷み、指先はひび割れてカサカサになった。

妖怪なのでそう簡単に命を落とすことはないが、あやかしとしての魂が擦り切れるくらい、その場で手を合わせまぶたを閉じていた。


「純粋な心を持った座敷わらしよ…。その想いの強さ、確かに受け取った」

長い長い祈りの果て、木漏れ日のような温かい光がわらしを包むと、頭に響く声がする。

「大神様…」

見上げるとまばゆい金色の大きなひとがたが姿を現した。

「半永久的なあやかしとしての命を失うことになる。それでもその少年と老い、生きる道を選ぶのか?」

「はい…わたしはもう、永久に老いないこの身に未練はありません。もう一度人として生きてみたいのです」

揺らぎない覚悟を持った瞳。つぶらな黒い大きな目は力を帯び、意志の強さが伺える。

「わかった…そこまで言うならそなたの願いをワシは叶えようと思う。けれど、我が子のようにかわいい妖怪族のお前を、見ず知らずの男にそう安々と渡すわけにはいかない。なので試練を与える」

「し、試練ですか??」

「試練はちょっと言い過ぎか、言い方を変えよう。課題というか、その男の気持ちを試してみようぞ。人間の世界では10年という月日は長いもの。相手は大人の一歩手前くらいになっておろう。17歳にってその男がわらし、お主との約束を覚えている、もしくは忘れていたとしても思い出すことができれば、第一関門は突破とする」



「そんなわけでファーストステージのミッションクリアなのでしたー」

うれしそうにわらしちゃんは空中を飛びながら踊っている。

思い出せてよかった、僕は心底ほっとした。

「じゃあその先第2、第3とステージは続いていくわけ?」

ゲーム好きな僕は、なんかイメージが湧いてきた。

「うわぁ優樹くん、さすが読みが鋭いなぁ」

大抵ステージをクリアするごとに、次のミッションはより難しくなるものだ。

「それじゃあ次からもっともっと難しくなるのか…?」

すんごい神様に試されていることも含め、僕は思わず身震いがした。

「では行きまーす、セカンドミッション。ジャジャンっ」


こけっ

神妙な僕の気持ちとは裏腹に、なんとも軽いわらしちゃん(実際浮くほど軽いのだが)

真夜中のクイズ大会の時と同じノリだ。

こんなことされたらほんと笑っちゃう。

「改めて聞きます、優樹くんの気持ちを。すべてを思い出した今も、まだわらしと結婚する気持ちはありますか?それとも、別に好きな人が…?」

じっと、僕のほうを見つめる黒目がちなつぶらな瞳。何もかも見通す魔力を持った黒曜石のような。

「好きな人…」

確かに、数日前までいた。

だけどあんなことがあり(元親友との肉体関係を含めた浮気)

別れると告げた。若干未練がましく過ぎた日のことを思い出したりしたけど、わらしちゃんといるうちにそんな気も薄れていった。

幼き頃交わした約束、あれも勢いで口からでまかせ言ったわけではない。

子どもながらに、万華鏡のようにコロコロ表情が変わる、ガラスのように繊細な心を持ったこの子を守りたい、愛おしいと思ったからだ。

「うん、今もその気持ちは変わってないよ。弱虫でただのお人好しの僕だけど、わらしちゃんを大切にしたい。かわいい君のことが大好きだ」


ジーン…


ヘナヘナと着地し、わらしちゃんは目を潤ませている。

「ふぇっ、よ、よかった…。優樹くんがそう言ってくれてよかった…。よかったぁぁぁ」

「えっ、まさかそれが?」

「そう、セカンドミッション。優樹くんの気持ちが変わっていないことが絶対条件って。この時点で心変わりしてたら、わらし永久に人間にはなれないし空気中のイオンになって消えちゃうところだった…」

「えっそうなの!?」

知らなかったとは言え、ヘタなことを言ってわらしちゃんの存在を葬り去ることにならなくてよかった。

「ほんとに、優樹くんわらしを本当にお嫁さんにしてくれるの??」

「うん、このミッションを全ステージクリアしたら、わらしちゃん人間になれるんだよね」

その場合戸籍どうするんだろうとか、親にどう紹介したらいいのかとか、僕は随分現実的なことを考えていた。

「うん、次のミッションがファイナルステージだよ。心して聞いてね」

「はい」

思わず生唾を飲む。最後の試練…最後の大神様からの課題。僕はクリアできるのだろうか?

だけどここまで来て引き下がるわけにもいかない。

心の準備をして、耳を澄ます。

「いいよ、覚悟はできた」

「それでは発表します。ファイナルミッションは…」

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