第六話 宝探し

昼食後、久しぶりに肉体労働をしたからか僕はうとうとしてしまう。

満腹感と部屋の温もりで、心地よくなり夢心地。

真夜中にクイズ大会してたのもあるかもしれない。


スゥ…


眠りの中で、徐々に蘇る記憶。

10年前、7歳の冬の日。

あの子と何を話していたっけ。


明るくよく笑うあの女の子。

あれ?

だけどなぜか、悲しそうな顔をした。

涙を流していた。

慰めようと僕はあの子と約束をした…。


「そうだ!蔵の中だ!」


頭の中の霧が晴れたように、一瞬鮮明に記憶が映像のように現れた。

上着を羽織り飛び起きると、僕は庭の蔵に向かった。


白壁の土蔵は簡単なかんぬきの鍵が付いているだけで、誰でも開けることができる。


ギギィ…


滅多に開けることはないので、独特のきしむ音がする。

古い建物特有の、少し湿った匂い。

この蔵は2階建てになっていて、はしごのような階段で上にあがる。

子どもの頃、これを昇るのちょっとドキドキした。

1階は使っていない食器や調理器、農機具なんかで生活感があるが、上はおもちゃや小物など子ども向けのものが多く、まるで秘密基地のようで特別な場所だった。だからだ、ついお姉ちゃんとはしゃいで遊んでしまったのも。

はしごは上から引っ張り上げて収納できるので、そうすれば誰も上がってこれない。

大人の目を逃れて、束の間の自由を味わった。


「ここにきっと、ヒントがある」

記憶の断片をつなげるため、うっすら埃を被った年代物の品々を物色する。

まるでキオクのカケラの宝探し。

ワクワクする気持ちと、微妙な背徳感。

開けてはいけない禁断のパンドラの箱に触れやしないか。

実は鳥取を離れてすぐ、僕は一度交通事故にあっている。自転車に乗って帰宅途中、横から一時停止無視で突っ込んできた車とぶつかり、頭を打った。

幸い怪我は軽症で済んだが、その時のショックで直近の記憶が曖昧になり、所々忘れてしまった。

ちょうど引っ越ししたてで真新しい環境に身をおくことになり、新鮮な情報が次から次へとインプットされたので尚更忘れていたのだ。

あの子、わらしちゃんとの約束を。


窓を開け全体の埃を軽く払う。

「ゴホッ、うへっ」

仕事が忙しくなった両親はほとんど鳥取へは戻っていないし、僕も久しぶりにの帰省だ。

年齢を重ねた祖父母は足腰も弱り、長い間この蔵の2階には上がっていないようで、土蔵の窓越しに入るやわらかな冬の午後の日差しに照らされた蔵の中は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

進化という時の流れから置き去りにされ、大正、昭和と古い時代のものがそのままになっている。

自分が今どの時代に生きているのか、一瞬わからなくなる。

おもちゃも電気機器のものではなく、でんでん太鼓や竹とんぼ。けん玉にお手玉。箱の中にはおはじき、ビー玉。

カラフルなガラスの玉を光にかざす。


キラキラ、眩しい。

誰が遊んでいたんだろう、これ。

おじいちゃん、おばあちゃんが子どもだった頃かな。

みんなみんな、子どもの時があったんだ。

そして、みんな大人になっていく。

当たり前なんだけど、そんなことをふと思った。


2階の奥には桐の箱が置いてある。

家紋のような印も入っているので、家宝のようなものかもしれない。

妙にそれが気になって、箱を開けてみた。

「わぁ…」

紙包を開けると、中には美しい着物が入っていた。

鮮やかな青い、袖下が長いから振袖っていうのかな。お姉ちゃんが成人式の時に着ていた。

金の糸、銀の糸で刺繍を施された、きれいな振袖。羽ばたく鶴が描かれている。

着物は虫干しが必要なのよ、お母さんがそう言っていたし、僕は着物を出し側にあった和装用のハンガーに掛けた。

着物にはしつけ糸が付いている。仕立てたけど、誰も着ていないということだ。

「これ…見たことある…」


そうだ!あの日…。


あの子と出会った7歳の時。

お正月が開け、鳥取を離れる前日。

名残惜しくて僕は大好きなこの場所にひとりでこっそり来た。

その時もこんなにふうにこの着物が虫干しされていた。あの子が、この着物の前に座ってじっと眺めていた。

「あの、この前はありがとう。きれいに治った人形お母さんに渡したら、許してもらえたよ」

「そうでしょう?よかった!」

声をかけ、一緒におもちゃで遊び、いろんな話をした。僕が翌日帰るということも。

「この着物、君の?」

「うん」

「じゃあ大人になったら着るんだね」

そう言うと、その子はうつむいて悲しそうな顔をした。

「わらしは着れないの。わらしはおとなになれないから」

「なんで?」

「わらしは人間じゃないから。子どもの妖怪だから、ずっとこのままなんだよ。優樹くんはこれからどんどん大きくなっていくけど、わらしは置いてけぼりなの。ずっとずっとそうなの。わらしとおともだちになってくれた人は、みんな大きくなって、お年寄りになってしんじゃうの。わらしはずっとひとりぼっちなの、もうひとりはやだよ、さみしいよ。優樹くんもきっと、ここを離れてしまったらもう戻ってこない」

「そんなことないよっ」

ずっとにこにこ笑っていたその子が、大粒の涙を流して泣いている。僕は泣きやんでほしくて思わず言った。

「じゃあ僕が大人になったら迎えにくるから、わらしちゃん僕のお嫁さんになってよっ。それまでに山の神様にお願いして人間にしてもらったらいい。そしたら大人になってこの振袖も着て成人式して、ずっと一緒にいようよ」

「えっ?」

驚いてその子は泣きやんだ。

「そんなこと言ってくれたの優樹くんが初めてだよ…。それにわらしを怖がらないで、仲良くしてくれるんだね」

「なんで?そんなの当たり前だよ。お母さんが言ってた、人間と妖怪は仲良しなんだって。ずっと昔から一緒に暮らしてきたんだって」

「わかった…じゃあわらし、山の大神様にお願いしてみる、人間になれるかどうか。いつか優樹くんと、ずっと一緒にいられるように」

「うん、約束」


ゆびきりげんまん


「そうだ!この約束だ!」

僕はすべてを思い出した。

幼い子がよくやるようなたわいもない口約束だが、

いつかわらしちゃんを迎えに来て結婚すると。

RPGゲームのミッションをクリアした気分だ。

宝探しの最終章、宝箱を開けて出てきたのは高級な振袖と、甘酸っぱい思い出。



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